ある日の詩 山村暮鳥
ある日の詩
ひさしぶりで肉を買ひました
牛肉です
その鍋が火鉢の上にかかつてゐるので
肉と野菜のこんがらかつた
いい匂ひがぷんぷんと
部屋一ぱいです
部屋からあふれてゐるのです
みんなでかけたあとにぽつねんと
自分は留守番をしながら
ひとりさびしくその肉を煮てゐるのです
そしてかんがへてゐるのです
あるひとつのことを
鍋の中では
肉がさかんにをどつてゐます
やがて自分のかんがへはふらふらと搖れだし
唐草模樣の蔓のやうな手を伸ばし
蜘蛛が巣をかけるやうに
つつとすばやく
たちまち憂欝な雨ぐものやうに空一めんにひろがりました
自分はもうどうすることもできないで
ぼんやりといまはただそれをながめてゐるばかりです
鍋の中では
肉がさかんにをどつてゐます
[やぶちゃん注:二ヶ所の「肉がさかんにをどつてゐます」は彌生書房版全詩集版では孰れも「をどつて」が「肉がさかんに躍つてゐます」と漢字表記になっている。原稿に拠ったものであろう。]

