甲子夜話卷之四 1 薩摩の榮翁俠氣、越侯これを懼るゝ事
甲子夜話四
4-1 薩摩の榮翁俠氣、越侯これを懼るゝ事
松平榮翁【薩摩老侯、名重豪】人となり豪氣あり。一日ある席にて越侯と相會し、何か興に乘じて榮翁云は、若今一戰に及ん時あらば、我軍卒を率ひ、一方を指揮せば、人に後は見せじ、と威猛だかになつて云はれければ、越侯甚恐怖して、潛に餘人に向ひ、彼人は重て相會する人に非ずと云ける。坐客指て越侯の怯儒を笑しとなり。今の武家は此類の人多かるべし。
■やぶちゃんの呟き
「薩摩の榮翁」「松平榮翁【薩摩老侯、名重豪】」薩摩藩第八代藩主で「蘭癖大名」の島津重豪(しげひで 延享二(一七四五)年~天保四(一八三三)年)。第十一代将軍徳川家斉正室広大院の実父。「榮翁」は号。詳しくはウィキの「島津重豪」などを参照されたい。
「越侯」不詳。加賀藩藩主を指しているのであれば、同時代の藩主は第十代藩主前田治脩(はるなが 延享二(一七四五)年~文化七(一八一〇)年)ではある。
「若」「もし」。
「彼人は重て」「かのひとはかさねて」。
「指て」「さして」。
「怯懦」「けふだ(きょうだ)」。臆病で気が弱いこと。意気地(いくじ)のないこと。
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