瓦斯タンク 山村暮鳥
瓦斯タンク
すべての崇高(けだか)さに於て
瓦斯タンクはそびえてゐる
ああ瓦斯タンク
何といふひつそりしたものだ
而も此の壯麗はよ
新時代の此の怪物をみろ
宗教がなんだ
藝術がなんだ
何もかもタンクの下ではおのれを耻ぢろ
まつ赤な瓦斯タンクの此の膨れやう
これは人間を巨大にする
これがみあげるものの頭腦をがんとくらしつける
此處にかうしてタンクがそびえてゐるばかりで
都會はうつくしいのだ
夜になると
その神經の無數の尖端(さき)が
街中のいたるところで火となるのだ
人間の束の間のいのちを輝かせ
そこで人間は骨を伸ばしてながながと
相愛し相抱いてねむるのだ
ああ瓦斯タンク
怖しい此の世界の裝飾
美しい此の時代の怪物
すべての崇高(けだか)さに於て
此の田圃なかに
みあげるものの頭腦(あたま)をがんと一つくらしつけて
瓦斯タンクはそびえてゐる
[やぶちゃん注:本篇は刊本詩集「穀粒」にはないので、彌生書房版全詩集版を用いた。太字「がん」は底本では傍点「ヽ」。]