麥畠にて 山村暮鳥
麥畠にて
自分は郊外の
海のやうな麥畠にたつた
麥畠は
霜でまつ白だつた
だれもゐなかつた
あかんぼのやうな太陽が中天ににこにこしてゐた
それだけ
自分はふいと祈りたくなつた
大聲をあげて
自分のこころに
つもりつもつたそのすべてを
そこへ
そのまつ白な霜のうへに
まるで血嘔吐(へど)でもぶちまけるやうに
だがいのるとすれば
なにに、だれに
自分にはもう
それをささげる神もないのだ
ああ、それはそれとして
これはなんといふうつくしい麥畠だらう
自分はじつとしてゐられないで
自分はいのるかはりに
そうだ、一ぴきの犬ころのやうに
そこらいつぱい
縱橫無盡に驅けまはつた
[やぶちゃん注:「じつと」はママ。
「まるで血嘔吐(へど)でもぶちまけるやうに」の「へど」は「嘔吐」にのみ振られているから、ここは「血嘔吐」で「ちへど」と読まなくてはならない。これは以下の彌生書房版全詩集版でも同じであるので注意されたい。
彌生書房版全詩集版。
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麥畠にて
自分は郊外の
海のやうな麥畠にたつた
麥畠は
霜でまつ白だつた
だれもゐなかつた
あかんぼのやうな太陽が中天ににこにこしてゐた
それだけ
自分はふいと祈りたくなつた
大聲をあげて
自分のこころに
つもりつもつたそのすべてを
そこへ
そのまつ白な霜のうへに
まるで血嘔吐(へど)でもぶちまけるやうに
だがいのるとすれば
なにに、だれに
自分にはもう
それをささげる神もないのだ
ああ、それはそれとして
これはなんといふうつくしい麥畠だらう
自分はぢつとしてゐられないで
自分はいのるかはりに
そうだ、一ぴきの犬ころのやうに
そこらいつぱい
縱橫無盡に驅けまはつた
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