小泉八雲 神國日本 戶川明三譯 附やぶちゃん注(24) 禮拜と淨めの式(Ⅱ)
朝の禮拜の務は、その内に書牌(お札)の前に供物を置く事も入つて居るのであるが、それは一家の祭祀の唯一の務ではない。神道の家に於ては、祖先と高い神々とが、別々に禮拜されるのであるが、祖先の神壇はロオマの Lararium(家族の神)と似て居るらしい、一方その大麻、御幣(特に家族の崇敬する高い神々の象徴てある)のある神棚はラテンの慣習に依つて Penates(家の爐邊の神)の禮拜に與へられた場所と比べられ得る。この兩種の神道の祭祀には、その特殊の祭日がありへ祖先祭祀の場合には、祭日は宗敎上の集合の時であり――一族の親戚が、家の祭拜を爲すために集まる時である……。神道家はまた氏神の祭りをあげ、國家の祭記に關する九種の國家の大祭を祝するに、少くともその助力をしなければならない、國家の大祭は十一種あるが、その內この九種は皇室の祖先を禮拜する機會なのてある。
[やぶちゃん注:「Lararium(家族の神)」「ララリウム」は古代ローマで信じられた守護神的な神々ラレース(Lases/Lares:単数形:Lar(ラール))を祭祀した壇。古代ローマ人の各家の中や街角に、壁を掘ったごくつつましい空間に素朴な絵で彩りを施して作られた小さな祭壇。家庭・道路・海路・境界・豊饒・無名の英雄の祖先などの守護神とされていた。共和政ローマの末期まで二体の小さな彫像という形で祭られるのが一般的であった(ウィキの「ラレース」に拠った。家庭内祭祀の細かな解説もリンク先にある)。
「大麻」「たいま」。「幣(ぬさ)」を敬っていう語。「おほぬさ(おおぬさ)」と訓じてもよい。
「Penates(家の爐邊の神)」「ペナーテース」はローマ神話に登場する神で、元々は「納戸の守護神」であったが、後に「世帯全体を守る家庭神」となった。先のラレースや、ゲニウス(geniusi:擬人化された精霊で、守護霊或いは善霊と捉えられた)レムレース(lemures:騒々しく有害な死者の霊或いは影を意味し、騒がしたり怖がらせたりするという意味で悪霊 (larva:ラルヴァ)に近いとされる)と関係が深い。ローマの各氏族の権勢とも関連付けられており、「祖先の霊」とされることもある。古代ローマの各家庭の入口には女神ウェスタ(Vesta:女神でもとは「竃の神」であったものが転じて家庭の守護神となった)の小さな祠があったが、この祠の中にはこのペナーテースの小さな像が安置されていた(以上はウィキの「ペナーテース」と、そのリンク先の記載に拠った)。
「國家の祭記に關する九種の國家の大祭を祝するに、少くともその助力をしなければならない、國家の大祭は十一種あるが、その内この九種は皇室の祖先を禮拜する機會なのてある」よく分らないが、ウィキの「祭日」の「皇室祭祀」の天皇自ら親祭する大祭日(だいさいじつ)の古式(それでも明治以降)のものを数えてみると、①元始祭(天皇が宮中三殿(賢所・皇霊殿・神殿)に於いて皇位の元始を祝ぐ儀式)・②紀元節祭(「日本書紀」で初代天皇とする神武天皇の即位日)・③神武天皇祭・④神嘗祭・⑤新嘗祭・⑥春季皇霊祭/春季神殿祭・⑦秋季皇霊祭/秋季神殿祭(「皇霊祭」は歴代天皇・皇后・皇親の霊を祭る儀式)・⑧先帝祭(先帝の崩御日)・⑨先帝以前三代の式年祭・⑩先后の式年祭・⑪皇妣(こうひ:崩御した皇太后)である皇后の式年祭で、十一が数えられ、この内、①から③及び⑥から⑪の九種の祭祀は、まさにその内容から「皇室の祖先を禮拜する」祭祀であると言える。もし、間違っていれば、御指摘あれ。]
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