「想山著聞奇集 卷の參」 「七足の蛸、死人を掘取事」
七足(しちそく)の蛸、死人を掘取事
勢州飯野郡多屋村・藤原村邊に【此邊は津領と御旗本領と入變(いれかは)りの所にて、松坂よりは二里東、山田よりは壹里より二三里も北西にて勢州の東方の濱手なり。】七足の蛸(たこ)有(あり)て、力あく迄(まで)強く、甚だ智(ち)有て、大膽不敵の惡行(あくぎやう)をなして惡餌(あくじ)を喰(くら)ふ故、土人、是を食せずと也。此蛸の大成(なる)物、陸(おか)へ上り、野三昧(のざんまい)へ【野三昧とは野墓(のばか)の方言なり】行(ゆき)て新葬の死人を掘(ほり)うがち、取行(とりゆく)事、折節は有(ある)事故、人又、夫(それ)を知りて打殺(うちころ)す事も有(ある)となり。人を取行(とりゆく)蛸と聞(きく)ときは、北國筋、又は出羽松前邊の東北海に居(を)る如き、一丈も二丈も有蛸かと思ふに、左に非ずして、漸(やうやう)立(たち)たるところ三尺斗(ばかり)の蛸(たこ)にて、尤(もつとも)尋常の蛸よりは大(おほき)ひなれども、五尺六尺にも成(なる)たるものは見當らずと云(いへ)り。此蛸、夜更(よふく)るを待(まち)て、二更過(すぎ)より出(いで)て、野墓へ來り、新葬有(あら)ば葬所に建(たて)し喪假(もがり)竹を足に卷付(まきつけ)て、苦もなく引拔(ひきぬき)、夫より大地へひれふし、五つの足にて土をしつかりと掫(つか)み[やぶちゃん注:本来、「掫」は「支える・守る・打つ」であるが、かく当て訓しておいた。]、殘り二本の足にて自由に立歩行(たちあり)き、其土を側へ運び捨(すて)、又、元の如く土を抓(つまみ)ては取除(とりのけ)、もとより海邊の事なれば、砂地にて、地面も柔らか成(なる)よしなれども、暫時に掘穿(ほりうが)ち、棺(ひつぎ)を如何して破りぬるにや、遂に死骸を取出(とりいだ)し、何の苦もなく海中へ持行(もちゆく)事とぞ。山邊(やまべ)の土地にて、豺(やまいぬ)狼(おほかみ)の、新葬を掘拔(ほりぬき)て死人を取行(とりゆく)事は常々の事なれど、それさへめづらしきに【豺狼の埋葬を掘取(ほりとる)穴、わづかに方尺[やぶちゃん注:一尺四方。]にたらぬ狭き穴を掘(ほり)て死人を拔取(ぬきとる)事にて、そのわざ、人間の及ばぬ事也、山邊にては此災(わざわひ)を厭(いと)ひきらふ事なれども、所によりては過半掘取(ほりと)らるゝ事なり、取(とり)て後は、肩に引懸(ひつ)かつき行(ゆく)事なりときけり】是は僅(わづか)の中蛸(ちうだこ)、十五貫目[やぶちゃん注:五十六・二五キログラム。]も廿貫目[やぶちゃん注:七十五キログラム。]もある死人を取行(とりゆく)事は珍敷(めづらしき)事也。依(より)て此地にては、蛸の掘(ほる)事を甚(はなはだ)厭ひて、專(もつぱら)防ぐ事といへり。扨(さて)、此蛸は至(いたつ)て足早く、其上、鼠のごとくに人の隱れ忍ぶを能(よく)知(しり)て來らず。中々尋常にては打殺す事は出來ずとなり。去(さり)ながら、爰(ここ)に一つの術(てだて)有。此蛸は、必ず、來りし道ならでは歸らぬ故、人又、夫を知り居(をり)て、兼て蛸砂あがり來りし道を考へ、其跡に籾糠(もみぬか)を蒔置く(まきおき)て、後、彼(かの)三昧より蛸を追出(おひだす)と、蛸は眞一文字に元來(き)し道を駈戾(かけもど)るとて、彼(かの)糠(ぬか)の中へ駈込(かけこみ)、爰に至りて進退自由を得ず、惱む所を、枇杷の木の棒にて打殺す事とぞ。枇杷は蛸には別(べつし)て毒成(なる)よし。【人にも毒なれども蛸程には卽毒(そくどく)なし】今、三都[やぶちゃん注:江戸・京・大坂。]のごとき市中に住(すみ)ては、かゝる憂(うれひ)有(ある)事は夢にも知ぬ人も多し。尤(もつとも)、前にも云(いふ)通り、此蛸は惡餌を食ふゆゑ、若(もし)、漁人ども自然に獵せし事有(ある)時は、竊(ひそか)に遠方へ賣遣(うりつかは)す事といへり。能登・越前にて蛇の化したる蛸は七足なりとて是もくはず。又、蛇の化したるは九足有(ある)ともいへり。所によりて違ひある事にや。【蛇の蛸に化する談も粗(ほぼ)聞置(ききおき)たり、重(かさね)て別に記すべし。[やぶちゃん注:現存する後の二巻にはないと思われる。]】
[やぶちゃん注:本章に就いては、蛸が陸上に上がってくること自体を、全く問題視というより疑問詞していないところがすこぶる面白い。「谷の響 二の卷 一 大章魚屍を攫ふ」の本文及び私の注も、そうさ、この注を最後まで読み終わった後で是非、参照されることを望む。その辺のこと(蛸が積極的に陸に上がって摂餌をした後に再び海へ帰るという事実があるかどうか等)についての私の見解も、総て、そこで述べているからである。なお、ここで言っている「蛸」は大きさから見ても、一般的な「蛸」が指す種、即ち、頭足綱八腕形上目八腕(タコ)目マダコ亜目マダコ科マダコ亜科マダコ属マダコ亜属マダコ Octopus vulgaris と同定してよかろう。
「七足の蛸」必ずしも珍しくもない。奇形個体として七碗の個体もあり、タコは天敵のウツボや大型肉食魚類等に腕足を捥ぎ取られることは珍しくない。更に言えば、タコ類の♂は交尾した際、雌の体内に精子を入れた精莢を封入した生殖腕の先端部(Hectocotylus(ヘクトコチルス):吸盤がなく、精莢を装填するための溝だけしかない)を切断して交尾を確かなものとすることも知られている。Hectocotylus については話し出すとキリがなくなる。「生物學講話 丘淺次郎 第十一章 雌雄の別 三 局部の別 (5) ヘクトコチルス」の本文・挿絵及び私の注を是非、参照されたい。
「勢州飯野郡多屋村・藤原村」三重県の旧飯野(いいの)郡現在の松阪市の海辺域の一部。各村は不明であるが、「多屋」が現在の松坂市の海辺で接する「多気」郡の似ること、松坂城から「二里東」に行くと多気郡内であること、多気郡は伊勢山田地区からは「北西」に当たること(但し、現在の距離はここに書かれたものよりももっとある。しかし当時の伊勢山田が、現在よりもより広範であったならば腑に落ちる)、多気郡内の旧村名に「北藤原村」「南藤原村」と二村あることから、この附近と考えてよいように私には思われる(グーグル・マップ・データ)。
「惡餌」後に出るように、人間の死体。通常は水死体。これは現在でも常識で、例えば東京湾の場合、タコの外、アナゴやシャコなどが遺体を摂餌し、収容遺体からもぞろぞろ出てくる。その収容に公的職務として当たっておられた方の著書に書いてあるのだから、本当である。
「野三昧」「三昧場(さんまいば)」は墓地・火葬場の古称である。
「一丈」「二丈」三・〇三~六・〇六メートル。
「三尺」九十一センチメートル弱。
「五尺六尺」一メートル五十二~一メートル八十二センチメートル弱。
「二更過」現在の午後九時又は午後十時過ぎ。
「喪假(もがり)竹」漢字では「虎落竹」と書く。この場合は死者を埋葬した「穢れ」としての位置を示して人が侵入しないように、竹で画した柵・垣根を指す。
「枇杷」「人にも毒」ナシ亜科ビワ属ビワ Eriobotrya japonica の幹材が人体に有毒であると言うのは聴いたことがない。但し、ウィキの「ビワ」によれば、しばしば「枇杷茶」として見かける『葉はアミグダリンやクエン酸などを多く含み、乾燥させてビワ茶とされる他、直接患部に貼るなど生薬(枇杷葉(びわよう))として用いられる。葉の上にお灸を乗せる(温圧療法)とアミグダリンの鎮痛作用により神経痛に効果があるとされる』。但し、アミグダリン(amygdalin:青酸配糖体の一種で「レートリル」(laetrile)とも呼ばれ、主にウメ・アンズ・モモ・ビワなどのバラ科植物の未成熟な果実や種子及び葉などに含まれ、加水分解されるとシアン化水素を発生する)は『胃腸で分解されると猛毒である青酸を発生する。そのため、葉などアミグダリンが多く含まれる部位を経口摂取する際は、取り扱いを間違えると健康を害し、最悪の場合は命を落とす危険性がある』とある(下線やぶちゃん)。しかし、ここの「枇杷の棒」の「毒」が、「卽」死を招く有「毒」物質である青酸を指しているとはちょっと思われないな。]
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