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2017/06/16

「想山著聞奇集 卷の五」 「鮟鱇の如き異魚を捕たる事」

 

 鮟鱇(あんかう)の如き異魚を捕(とらへ)たる事

 

Syouzannkaigyo

 

[やぶちゃん注:以下、キャプション(右は本文の末尾でキャプションではない)。原典では左右孰れも本体白くない部分に茶色の斑点がくっきりと描かれてある私同様、本種の同定を試みんとされる方は、是非、サイト「富山大学学術情報リポジトリ」内の「ヘルン文庫」小泉八雲旧蔵本である本「想山著聞奇集」の原本PDF版(カラー)をダウン・ロードして確認されたい。]

 

   腹(はら)

 

 腹に小(ちひさ)き足八つ

 有(あり)て指先の所

 鼠の如き足なりと。

 

   背

 

 尾張の國名古屋の西、巾下(はゞした)[やぶちゃん注:現在の名古屋市西区幅下。ここ(グーグル・マップ・データ)。]と云所の町續きに、江川(えがは)[やぶちゃん注:現在の名古屋城の北の、地下鉄の浄心から東へ延びる名古屋市西区上名古屋の弁天通り附近と推測する。ここ(グーグル・マップ・データ)。]と云有。【川巾僅三、四間にして、深さも壹尺餘りより貮三尺に過ず。[やぶちゃん注:「弁天通商店街」公式サイトのこちらを見るに、現在は埋め立てられてしまった模様である。]】天保八年【丁酉】七月[やぶちゃん注:一八三七年。同年の旧暦七月一日は新暦の八月一日である。]盆前(ぼんぜん)の事なるが、此川通り、飴屋町(あめやまち)[やぶちゃん注:不詳。]と云に懸渡(かけわた)し有(ある)小橋のもとに、近邊の小童(こわらべ)、大勢寄合、水中(すゐちう)へ入(いり)、遊び居たりしが、川上(かはかみ)より何か大成(おほひなる)もの來りて當りし故、振返り見ると、變怪成(あやしげなる)もの故、彼(かの)童子(わらべ)共(ども)の皆々驚き、唯ならぬ聲を揚(あげ)て、陸(くが)へ逃揚(にげあが)りたりければ、近邊(きんぺん)に居合せたる者共、懸集りて、何事ぞと尋問(たづねと)ふに、しかじかと答(こたふ)る故、如何成(いかなる)ものか見屆(みとゞけ)んとて、其次の橋へ行て、かのものゝ來るを見るに、大さ四尺計(ばかり)も有(あつ)て、頭(かしら)、殊に大きく、見馴(みなれ)ぬ魚の如きもの故、人々、又其次の橋へ駈行(かけゆき)て、來(きた)るを待(まつ)て篤(とく)と見るに、其大成(おほひなる)頭の先、一ぱい成(なる)口にて、白き齒、ひしと生出(はえいで)、更に分り兼たる怪物故、誰(たれ)も捕押(とりおさ)へんとする者もなく、あゝと計(ばかり)云て、既に見遁(みのが)すべき所に、土人の男(なん)に、勇氣甚敷(はなはだしき)壯年有(あつ)て、近邊に居合せ、此事を聞と等敷(ひとしく)[やぶちゃん注:同時に。]、駈來りて、大傳馬町(おほでんまちやう)[やぶちゃん注:現在の名古屋駅の東直近で、先の弁天通から真北に下った、現在の名古屋市中区錦附近。ここ(グーグル・マップ・データ)。]と云(いふ)町の橋の下にて、忽ち水中へ飛入(とびいり)、大成(おほひなる)たも網(あみ)を以、力(ちから)に任(まさせ)て頭(かしら)を押(おさ)へたれども、何分、大魚のみならず、件(くだん)の口と齒のすさまじさ、如何成(いかなる)毒魚か分り兼(かぬ)る故、壹人しては抱へ揚(あげ)かね、夫より大勢込入(こみいつ)て、難なく捕揚(とらへあげ)て、大盥(おほたらひ)に水をたゝえ、むりに入試(いれこゝろみ)るに、長さ四尺程有(あつ)て、尾の方(かた)、曲(まが)りて漸(やうや)く入(いり)たり。扨、其怪魚の頭(かしら)の方は、全く鮟鱇の如くにて、眼口(めくち)共(とも)大きく、齒も大鋸(おほのこぎり)の如き齒にて、脇鰭(わきびれ)は尋常(よのつね)の魚(うを)の如く、尾はまた鯰(まなづ)の如し。惣躰(さうたい)に鱗(うろこ)なく、肌(はだ)幷(ならびに)色合(いろあひ)共(とも)、蝦蟇(がま)の樣なる茶鼠色(ちやねづみいろ)にて、疣(いぼ)のごときむら肌(はだ)もあり。腹は鼠の曇色(どんしよく)にて、其腹大きく、腹の下に、蝌蚪(かいるこ)[やぶちゃん注:オタマジャクシ。]の蛙に變じ懸(かゝ)る時に生懸(はえかゝ)りたるごときの少き短き足、左右に四つづゝ、八つ付(つき)たり。其形ち先(まづ)、魚(さんせううを)のごときゆゑ、口々に魚成(なる)べしとはいえども、中々左には非ず。元より如何成魚と云事、分り兼たり。元來、此川の上(かみ)は勝川(かちがは)と云(いふ)大川(おほかは)より分水(ぶんすゐ)、庄内川と云(いふ)大川を伏越(ふせこし)て、用水に引(ひき)たる水にて、勝川も水源は山川(やまがは)なれども、夫は十里も川上にて、夫よりは砂川にて、常は水かれて、龍蛇の住程の淵瀨もなく、夫より此江川筋へ分水の後(のち)は、底も見ゆる至(いたつ)ての淺川(あさかは)にて、か樣の魚の住べき川にもなけれども、如何して何(いづ)れより迷ひ出來りけるにや、不審成事也。扨、此魚、形ち、異にして、しかも口、甚敷(はなはだしき)にも似ず、至て温順優長(いうちやう)なるものにて、躍り(はね)、又は齩付(かみつく)ものに非ず。鮒(ふな)・魦(はへ)・鰌(どぜう)の類(るゐ)を與へ試るに、やがて人にもなれて、此小魚を食し、半月程も活け置たるが、其内に、山師ども乞受(こひうけ)て、見せものにも出(いだ)せしに、間もなく斃(をち)たるよし。が若黨(わかたう)[やぶちゃん注:若輩の家士(郎等)。]水野金治(きんぢ)と云者は、此巾下(はゞした)の者にて、其時、ともに水中に入、急(きう)を助けて魚を取上たる者故、具(つぶさ)に聞(きゝ)て書記し圖し置ぬ。尾張の國は、餘國に勝れて、山なく淵なく平等なる平地(ひらち)にて、用水惡水(あくすゐ)よく分り、【用水と云は田へ引入る水、惡水と云は田より吐捨(はきすつ)る水也。】勿論、か樣なる異魚の住べき所はなけれども、現在、捕得(とりえ)たる事なれば、疑ひ樣(やう)もなし。世には色々の怪物もあるものにて、斯(かく)手近き所へも、漂ひ來りたるは珍敷(めづらしき)事也。博識の鑑定を俟(まつ)のみ。

[やぶちゃん注:一見して、私は、

 

棘鰭上目スズキ目カサゴ亜目ウラナイカジカ科ガンコ属ガンコ Dasycottu setiger 

 

と踏んだ同種は完全な海水魚であること、棲息域が水深二十メートルから八百メートルの中層から深海層であること、名古屋では同種の本邦での分布域が合わないこと(「ぼうずコンニャク」の図鑑の「ガンコ」では銚子・島根県以北とする)、発見された場所が河口からかなり遡った場所であること、何よりも川上から下ってきている点などが同定を否定する要素ではあるのだが、形状(全長は大き過ぎる)は、すこぶる、「ガンコ」らしいのである。何より、サイト「かぎけんWEB」の「カジカ=ガンコ(頑固)」の多数の写真と、この挿絵と本文叙述を比べて見て貰いたい(但し、かなりグロテスクな魚であるから、生理的にだめな人が或いはいるかも知れぬ。クリックは自己責任で。しかし、これで食うととっても美味いんだぜ!)。いつもお世話になっているサイト「ぼうずコンニャク」の図鑑の「ガンコ」も見られたい。それによれば、和名「ガンコ」は富山県での呼び名が元で、まさに「頑固親父」が命名由来とも思われ、別名を「アンコウカジカ」「アンコカジカ」「カエルカジカ」等とも呼ぶのは、本記載との親和性を感じて戴けるものと思う。

 しかし、全長「四尺」、一メートル二十一センチメートルは、ガンコとしては確かに大き過ぎる

 

 そこで川上から来たのだから淡水魚としてはどうかと考えると、

 

巨大なナマズ類(骨鰾上目ナマズ目ナマズ科ナマズ属ナマズ(ニホンナマズ:但し、固有種ではない)Silurus asotus

 

ならばあり得るように思われはする。飼育中に摂餌したのが「鮒(ふな)・魦(はへ)・鰌(どぜう)」(「鮒」は骨鰾上目コイ目コイ科コイ亜科フナ属 Carassius/「ハヘ」は現行の「ハエ」「ハヤ」「ハヨ」(漢字表記「鮠」「鯈」等)で、日本産コイ科淡水魚の中で中型の細長い体型を持つ複数の種の総称。具体な種については先行する「鎌鼬の事」の私の「魦」の注を参照されたい/コイ目ドジョウ科ドジョウ属ドジョウ Misgurnus anguillicaudatus)と総て淡水魚であったのも肉食性の大型ナマズ類であった可能性は否定出来ぬ。大きさは規格外(標準は六十センチメートル)であるが、老成個体ならあり得る。

 しかし、同種に特徴的な左右の長い口髭が全く描かれていないのはすこぶる不審である。

 

 また、本文で多くの野次馬が強い同定候補とする魚でない両生類の「魚(さんせううを)」、日本固有種である、

 

脊椎動物亜門両生綱有尾目サンショウウオ亜目オオサンショウウオ科オオサンショウウオ属オオサンショウウオ Andrias japonicus

 

として見ると、分布(絶滅危惧種で現行では普通に我々が自然界で見かけることは少ないが、本来は岐阜県以西の本州・四国及び九州の一部に広く棲息していた)や川上から下ってきたこと(標高四〇〇から六〇〇メートルほどの河川上流域を標準的な棲息域とするが、中・下流にも住む)、全長の長さ(最大長は飼育個体では一五〇センチメートルにも達する)、細かな歯を持つこと(図よりも遙かに細かく小さくしかも浅いが、誇張して描かれたと見ることは可能である)等は、よく一致する

 しかし、四足(自然界では考えにくいことであるが、それら四足が総て何らかの疾患(先天的に欠損していた場合はこんなに大きくなるまでは生きられないと私は思う)や外傷等によって欠損したり、切断されたりしたのだと仮定しても、その痕跡や再生痕は残る。因みに、私は高校時代、演劇部以外に生物部にも所属しており、有尾目サンショウウオ亜目サンショウウオ科サンショウウオ属クロサンショウウオ Hynobius nigrescens の手足を切断して再生させる実験に従事した経験があるのでドシロウトではないことを断わっておく)が全く描かれず、しかもそれを人々が語っていないことが、これが「大山椒魚」なのだとすれば、すこぶる不審である。

 名古屋の市井の人々には悪いが、私はこの説は採れない

 

 問題は、図の腹部に見られる四対の、蝌蚪(おたまじゃくし)が蛙に変態しかけているように見える「足」である。しかも本文はこれを「左右に四つづゝ」と言っているにも拘わらず、附図ではその鰭状の酷似したものが五対あり、しかも、まだその後ろに二対あるようにも見え、最大、七対十四もあるようにさえ見えることである。

 これは何か?

 を同定候補からは排除したから、本奇生物は真正の魚類と私は見るのであるが、にしても、この付属の鰭(のように見える、ようにしか見えないし、そのような意識でそれは確信犯的に描かれてはいる)は如何なる魚類でも説明はつかない。

 ナマズの腹面は白くつるんとしており、その点では図はよく似ており、腹鰭は胸鰭からかなり下がった腹部後方、尻鰭の前方に左右に一対で、しかもこれ、複数の画像を見る限りでは余り目立たないように感じられる。

 ガンコの腹鰭はズバリ! 胸鰭の下方にあって、しかも、まさにこの図のような「ハ」の字型を成して非常に目立つことが、サイト「かぎけんWEB」の「カジカ=ガンコ(頑固)」の写真(クリックは前に言った通り、自己責任)で確認出来る。同ページの多数の写真を見ると、どうもガンコは生体時には腹部は白いように思われ、本図とも一致する

 しかし、この後部の多数の対構造を成すものは認められない。

 

 とすればこれら蛙に成りかかったように見える生物というのは何か?

 

 私は所謂、サメ類などに多く附着するコバンザメ(スズキ目コバンザメ科 Echeneidae コバンザメ属 Echeneis コバンザメ Echeneis naucrates)の類いか、或いは、何らかの外部寄生虫なのではないかと思うのである。

 

以上から、私はこの生物を ガンコ Dasycottu setiger  と同定するものである。想山同様、「博識の鑑定を俟」つものである。]

 

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