進化論講話 丘淺次郎 藪野直史附注 第六章 動植物の增加(4) 四 植物の急に增加した例
四 植物の急に增加した例
外國より輸入した植物が急に繁殖增加した例は、動物よりは著しいものが多い。我が國で最も目立つのは「おらんだげんげ」といふ白い花の咲く蓮華草のやうな草である。之は多分外國から送つて來た荷物などに紛れ込んで、偶然輸入せられたもので、明治の初年頃にはまだ何處にも無かつたのが、僅か十年か二十年の間に非常に繁殖し、明治二十年頃には既に東京帝國大學の敷地内などに一面に生えて居た。今では殆ど之を見ない處はない位で、東京高等師範學校の敷地内にも外の草なしにこの草ばかりの生じて居る處が、隨分廣くある程になつた。この草は我が國ばかりでかやうに增加した譯でなく、温帶地方には南北兩半球ともに何處にも非常に蔓延(はびこ)り、ニュージーランドなどではこの草の殖えたために、從來有つた土著の草が幾種も絶え失せた位である。西洋料理で用ゐるクレソンといふ草も、今では我が國に野生となつて殖え、一時は靜岡の城の堀などにも殆ど水の見えぬほどに一面に生えて居た。
[やぶちゃん注:「おらんだげんげ」お馴染みのマメ目マメ科シャジクソウ属Trifolium
亜属Trifoliastrum 節シロツメクサ Trifolium repens の別称。「クローバー」のこと。漢字表記は「白詰草」であるが、これは弘化三(一八四六)年 のこと、『オランダから献上されたガラス製品の包装に緩衝材として詰められていたことに由来する』。『日本においては明治時代以降、家畜の飼料用として導入されたものが野生化した帰化植物』であると、ウィキの「シロツメクサ」にある。
「東京高等師範學校」旧東京教育大学、現在の筑波大学の前身。
「クレソン」正式和名は「オランダガラシ」(和蘭芥子:フウチョウソウ目アブラナ科オランダガラシ属オランダガラシ Nasturtium officinale)。現行ではよく似たコバノオランダガラシ(Nasturtium
microphyllum 或いはNasturtium
officinale var. microphyllum)とともに、川や溝で野生化・雑草化しているのをよく見かける。参照したウィキの「オランダガラシ」によれば、『日本には明治の初めに在留外国人用の野菜として導入されたのが最初とされている。外国人宣教師が伝道の際に日本各地に持って歩いた事で広く分布するに至ったと言われている。日本で最初に野生化したのは、東京上野のレストラン精養軒で料理に使われたもので、茎の断片が汚水と共に不忍池に流入し根付いたと伝えられている。現在では各地に自生し、比較的山間の河川の中流域にまで分布を伸ばしており、ごく普通に見ることができる』。『爆発的に繁殖することで水域に生育する希少な在来種植物を駆逐する恐れや水路を塞ぐ危険性が指摘されている』。現在、『日本では外来生物法によって要注意外来生物に指定されており、駆除が行われている地域もある』とある。私も湘南から伊豆半島にかけて多量に繁殖しているのを何度も見かけた。]
外國の例を引けば澤山にある。今日南アメリカのラプラタ地方には、元ヨーロッパ産の薊(あざみ)が二三種ばかり一杯に生えて、殆ど他の草を交へぬやうな野原が何百方里もある。またアメリカ産のパンヤといふ綿を生ずる草も、今では熱帶地方には雜草として生えて居る。ニュージーランドでは輸入植物の繁殖を特に調べた學者があるが、幾種かの植物は增加が極めて迅速で、忽ち全島に繁茂した。中にも「おらんだからし」などは何處の河にも一杯に生えて、船の通行に邪魔な程となり、クライスト・チャーチ市の處で、アヴン河に生える「おらんだからし」を常に刈り取るだけの經費が年に三千圓も掛つたといふ。その他黃色の花の咲く一種の菊科植物は偶然この島に紛れ込み、急に增加し、上等の牧場も僅か三年の間に、この雜草のために全く役に立たぬやうになつた處もある。
[やぶちゃん注:「ラプラタ地方」ラ・プラタ(La Plata)はアルゼンチン共和国のブエノスアイレス州の州都。一八八〇年以降に開発された近代の計画都市。
「薊」キク目キク科アザミ亜科 Carduoideae、或いは、同アザミ連 Cynareae アザミ属 Cirsium に属するアザミ類の仲間。
「何百方里」「方里」は「はうり(ほうり)」で一里四方の面積単位。二千三百四十平方キロメートル前後。
「パンヤ」アオイ目アオイ科或いはパンヤ科パンヤ亜科セイバ属パンヤノキ(カポック)Ceiba
pentandra。ウィキの「カポック」によれば、『アメリカ・アフリカ原産』で、『アメリカや東南アジアなどで栽培されている』。『カポックの実から採れる繊維は、糸に加工するには不向きで、燃えやすいという難点がある一方で、撥水性に優れ軽量である。枕などの詰め物やソフトボールの芯として使われている他、第二次世界大戦頃までは救命胴衣や救難用の浮き輪にも利用されていた。今でも、競艇業界や海上自衛隊では救命胴衣のことをカポックと呼んでいる』。『近年、この繊維が油を大量に吸収することが発見され、油吸収材として使用されるようになった他、農薬・化学肥料を使わず、また、樹木を切り倒す必要の無いなどのことから、地球に優しいエコロジー素材としても関心が高まっている』とある。
「クライスト・チャーチ市」(Christchurch)はニュージーランド南島中部のカンタベリー平野東海岸側に位置する、現在、ニュージーランド国内では二番目、南島では最大の人口を有する都市。
「アヴン河」エイヴォン川(Avon River)。クライストチャーチの市街の中心部を流れる。]
ランタナといふ馬鞭草科の植物が、西印度からセイロン島に輸入せられたのは、今より僅に六十年前のことであるが、氣候に適したものと見えて、忽ち繁殖し、今ではセイロン全島に蔓延り、平地は素より三千尺位の高い處まで、この植物のために殆ど景色も變る程の勢である。
[やぶちゃん注:「ランタナといふ馬鞭草科」「馬鞭草科」は「ばべんそうか」(現代仮名遣)と読む。最近、園芸植物としてよく見かける、シソ目クマツヅラ科シチヘンゲ(七変化)属ランタナ Lantana camara のことである。ウィキの「ランタナ」によれば、『南アメリカ原産』であるが、『世界中に帰化植物として定着している。日本では小笠原諸島、沖縄諸島に移入分布している』。『多数の小花からなる散形花序をつける。開花後、時間がたつと次第に花色が変わるため、同一花序でも外側と内側では花色が異なる(内側が新しい)。開花時期がアジサイと重なり葉の形も似ているが、アジサイとは全く別種で全体的に小さく花の色は派手である』。『果実は黒い液果で有毒といわれるが、鳥が食べ種子を散布する(種子を噛み砕く可能性の強い哺乳類には有毒だが』、『鳥類には無毒という液果をもつ植物は多い)。茎は断面が四角で細かいとげが密生する。葉は対生し表面がざらついている。暖地では戸外でもよく育ち』高さ一・五メートルほどになるが、『世界の侵略的外来種ワースト』百『に選定されている』ことも忘れてはならない。『ランタナ属は中南米や南欧原産の約』百五十種の『低木または多年草を含む。熱帯・亜熱帯では広く野生化し、オーストラリアや東南アジアではやっかいな雑草として問題になっている。ややツル状に横に這って茂みを作り、茎には細かい逆棘があるため扱いにくい。他方、花には多くのチョウが集まり、見応えがある』とある。
「三千尺」九百九メートル。]
« 進化論講話 丘淺次郎 藪野直史附注 第六章 動植物の增加(3) 三 オーストラリヤの兎 | トップページ | 進化論講話 丘淺次郎 藪野直史附注 第六章 動植物の增加(5) 五 自然界の平均 /第六章~了 »