毛利梅園「梅園介譜」 ワレカラ
政亥年如月十九日、
之れを得て、眞寫す。
ワレカラ
藻に住む虫の「ワレカラ」とは、別なり。藻にすむ「ワレカラ」は小貝なり。貝の部に出(いだ)す。 此(ここ)に載す者は「蝦サゴ」、又、海苔(のり)の中に、多く交り、居(きよ)する者なり。栗本翁、「尾州の産なり」として、画譜に載(のせ)たり。然(しかれ)ども、江戸芝浦、又、大森・羽田邊りに多かり。
[やぶちゃん注::画像は国立国会図書館デジタルコレクションの「梅園介譜」のこの画像からトリミングした(下方の「石」は下にある「石蟹」のキャプションで関係ない)。真正の
節足動物門甲殻亜門軟甲綱真軟甲亜綱フクロエビ上目端脚目ドロクダムシ亜目ワレカラ下目 Caprellida に属するワレカラ類
の記載であり、図である。先の「大和本草卷之十四 水蟲 介類 ワレカラ」で注したが、これぞ! モノホンなればこそ、再度、真正の「ワレカラ」について注しておく。代表種は、
ワレカラ科ワレカラ属マルエラワレカラCaprella acutifrons・トゲワレカラ Caprella scaura・スベスベワレカラ Caprella glabra
などで、小さな頭部に細長い七つの胸節と、小さな 六つの腹節を持ち、第一と第二胸脚は鋏を持った顎脚となっている。一般には第三胸脚と第四胸脚を欠き、代わりに葉状の鰓を持っている。後ろの三対の脚で、潮間帯や浅海の藻場の海藻・海草類などにしがみついて生活する。海藻等の棲息場所では体形が擬態を示し、体色も海藻に似せている。所謂、エビ・カニの仲間であるが、通常の種は体長一~二センチメートルで、体も多くの種では透過度が高いため、自然界では見過ごされることが多い。但し、
オオワレカラ Caprella kroeyeri
などは最大六センチメートルにも達し、形状的には昆虫のナナフシ類(有翅昆虫亜綱新翅下綱直翅上目ナナフシ目 Phasmatodea。但し、ナナフシ類は翅や飛翔能力を失ったものが多い)に似ており、その運動は尺取虫(主に昆虫綱鱗翅(チョウ)目シャクガ科Geometridae の幼虫)にも似ている(というと、イメージは、し易いであろう)。なお、同種は♀が腹部に育児嚢を持つ。属名はラテン語の「小さな山羊(やぎ)」の意の“caprella”に由来する。具体な形態画像などは、筑波大学生命環境科学研究科生物科学専攻動物進化発生学「和田洋研究室」公式サイト内の「ワレカラの形態進化の謎を解く」を参照されたい。或いは、この図のそれは(特に下方のそれ)、リンク先に画像で出る
コミナトワレカラ Caprella kominatoensis
の可能性があるかも知れぬ。
「政亥年如月十九日」文政十年丁亥(ひのとい)。グレゴリオ暦一八二七年三月十六日。この時期ならば、本種が河岸などから生体或いは死の直後に梅園のもとに届いた可能性は高いと思われる。言っておくが、私が新暦に換算しているのはただの「ためにする」酔狂なんぞではない。標本ではない可能性が少しでもある場合は、写生した時期が非常に重要であると考えるからである。
『藻に住む虫の「ワレカラ」とは別なり。藻にすむ「ワレカラ」は小貝なり』やったね! 梅園先生!!!
「貝の部に出(いだ)す」近日中にそちらも電子化する。【追記】本記事の公開直後に『毛利梅園「梅園介譜」 小螺螄(貝のワレカラ)』として電子化したので、見られたい。
「蝦サゴ」不詳。或いは「蝦かご」(蝦籠)でエビを捕獲するための籠状の漁具か? 或いは「蝦ザコ」でエビを捕獲した際に有象無象一緒に採れる雑魚(ざこ)の誤りか? 以下の栗本丹州の謂いからは、後者である可能性がすこぶる高いように思われる。
「栗本翁尾州の産なりとして、画譜に載たり」これこそ、私が前の「大和本草卷之十四 水蟲 介類 ワレカラ」で注した栗本丹洲の「栗氏千蟲譜」(文化八(一八一一)年の成立)巻七及び巻八(一部)のことである。そこで丹州は(漢字の表記の一部を正字化して統一し、読みもオリジナルに歴史的仮名遣で附して読み易くした)、
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ワレカラ 尾州の産。其地の方言也。是(これ)、一種の水蟲にして、海藻或は雜肴(ざこ)の中に交り、上る者なり。一寸或は寸半許(ばかり)あり、二寸に至るもの、まゝあり。色、靑し。たまに黃ばみたるものあり。只、乾したる海苔に交りあるは、色も形も辨別しがたし。因(より)て『「われから」くはぬ上人もなし』と云へる事は能登(のと)の國人のノ常諺(じやうげん)なるよし、輪池(りんち)先生[やぶちゃん注:屋代弘賢の号。]、別に詳説あり、見べし。紀伊の國にて云(いふ)「ワレカラ」は藻中にすむ小貝なり。これも一説なり。然(しか)れ共(ども)藻に棲(すむ)蟲の「われから」と古歌によみたるは、蟲の説、穏當なりとすべし。此圖は尾張の人、植村忠左衞門有信なるもの、屋代氏へ篤(とく)贈る處のもの也と。
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