宿直草卷四 第六 所を考へ殺生すべき事
第六 所を考へ殺生すべき事
[やぶちゃん注:挿絵は底本のものをそのまま示した。龍図の文様というか造形が、極めて奇怪な人面様で、これは極めて特異と言える(私は実際にこんなものは見たことがない)。]
また、時めく人あり。その家、富みて祿(ろく)滿ち、その身、貴(たと)ふして官位めでたく、力量ありて、常に狩を樂しむ。鐵砲は三十目、五十目ずはえなり。
此人、大和(やまと)の國にして、或夜、南京の方(かた)へ行き、三笠山の南、香山(かうぜん)の麓に向かふ。若黨・草履取(とり)・犬引、主從四人なり。
かの山にて何がなと求(あさ)るに、大きなる吊り鐘、行くべき道に見えたり。凡そ、人力にて鑄(い)たるとは見えず、はうりやうもなき大きなる物なり。この鐘、つゐ來たりて、四人の上に被(かづ)かる。
さて、聲ありて云ふやう、
「また、重ねても來たらんや。是非を答へよ。」
と罵(のゝ)しる。
四人と犬と中に籠(こ)めて、さらに出ださず。怖ろしさ、云ふばかりなし。
此人、大剛(たいかう)の人、勢(いきほ)ひ、濶乎(くはつこ)たる勇士たれども、さらに働くべき樣(やう)もなし。
「さらば許し給へ、重ねては來るまじ。」
と云ふに、かの鐘もなく、もとの山路となる。
春日明神の示(しめし)にてもあらんか。
[やぶちゃん注:「春日明神の示」が梵鐘というのは、神仏習合の蜜月時代が懐かしい。
「また」以前から指摘しているように、本「宿直草」の各篇はその殆んどが確信犯で次にはっきりと連関する形の、連続した直話の夜伽怪奇談話(ばなし)として記されている。この「また」も、本篇は殺生絡みで前話と直に繋がるところを明記するために、かく言ったものであろう。
「鐵砲は三十目、五十目ずはえなり」「ずはえ」の右部分に底本では丸括弧でママ注記が附されてある。確かに意味が解らぬ。「ずはえ」は「すはえ」で「ずわえ」「すばえ」とも表記し、漢字では「楚・楉・杪」などと書くが、これは「木の枝や幹から真っ直ぐに伸び出た若く細い小枝」が原義で、それ使用した「刑罰に用いる笞(むち)・楚(しもと)」の意であるが、鉄砲とは関係がない。「目」は弾丸(鉛製)の重量単位で「匁(もんめ)」(一匁は三・七五グラム)と同じであるから、「三十目」は百十二・五グラム、「五十目」は百八十七・五グラムで、前者で火繩銃自体の口径は二十六・五ミリ、後者は三十三ミリメートル前後か。そもそもが三十匁以上のものは大鉄砲(大筒)の部類である。
「南京」旧平城京。
「三笠山の南、香山(かうぜん)の麓」旧平城京である以上、「三笠山」は三蓋山、則ち、若草山の別名で、「香山(かうぜん)の麓」というのは現在の奈良県橿原市高畑町(若草山の南南西に当たる)ある新薬師寺(ここ(グーグル・マップ・データ))の別称香山薬師寺を想起させる。しかも話柄の最後には「春日明神の示(しめし)」とあるのであるから、ここはその新薬師寺の北東にある春日大社を含む丘陵域がロケーションと考えてよい。
「何がな」「がな」は願望を現わす終助詞。「何ぞ、鳥獣の獲物が欲しいものよ。」。
「はうりやうもなき」「方量も無き」であろう。際限もないほど。「重さや大きさを推定することも出来ぬほどに途轍もない」の謂いで採る。
「つゐ來たりて」「つゐ」は接頭語「つい」の表記の誤りと読む。間髪を入れず。
四人の上に被(かづ)かる。
さて、聲ありて云ふやう、
「また、重ねても來たらんや。是非を答へよ。」
と罵(のゝ)しる。
「濶乎(くはつこ)」「濶」は「人の度量が大きい」の謂いであるから、「確固・確乎」と同義で、しっかりしていて容易に動かされないさまの意。
「働くべき樣もなし」(真っ暗な無限に重い巨大な鐘の中に封じられてしまったために)何の対処のしようも、これ、ない。]