譚海 卷之二 奥州二本松人家杉引割ける中に人形ある事
○奧州二本松に所住の百姓某なるものの門前に、榎の木一もとあり。五六百年のものにて十圍(かかへ)に及べり。此百姓徴祿に成(なり)、此樹を伐(きり)たふし用に遣はんとす。杣人(そまびと)をやとひて伐らせける時、怪敷(あやしき)事ども有ければ杣人はいなみけれど、主人しひてたのみければ、終にきりたふし引(ひき)わりて見るに、片へらは朽(くち)て用にたゝず、片へらは生氣ありてその中に人の立(たち)たるかたちあり、さながら生(いき)たる如く、文理(もんり)鮮明にして鬢髮手足の掌のすぢまで分明に有(あり)ければ、主人もおそれて用に遣はず、家に祕しをさめて今に所持せり、正しく見たる人の物語也。
[やぶちゃん注:「奥州二本松」現在の福島県中通りの北に位置する二本松市。市の最西端に安達太良山(あだたらやま)が、中央部を鈎型に阿武隈川が縦断する。ここ(グーグル・マップ・データ)。
「人形」「ひとがた」。木目にある染みのシミュラクラ。
「五六百年」本書刊行(寛政七(一七九五)年自序)時から機械的に換算すると、建久六(一一九五)年~永仁三(一二九五)年で、前は鎌倉幕府第一代将軍源頼朝が征夷大になり鎌倉幕府を開いたとされる年から二年後で、後ろは第八代将軍久明親王で執権は第九代北条貞時の頃となる。
「十圍」人体尺の両腕幅に相当する「比呂」(一比呂は百五十一・五センチメートル)で換算すると十五メートル十五センチ。
「片へら」「傍片(かたへら)」は対で一つとなっている対象物の一方。片方。かたっぺら。]

