北越奇談 巻之三 玉石 其二十(瑪瑙らしき白石)
其二十
鉢伏山(はちぶせやま)の奥、高嶺(かうれい)、次第に重(かさな)り、深遠、云ふべからず。一日、樵夫、谷に入りて茯苓(ぶくりやう)を掘るに、大塊(たいくわい)の白石(はくせき)、其色、少し赤みて、重さ五貫目ばかりなるを得たり。樵夫、何(なに)と云ふことは知らざれども、其色の光沢(くはうたく)なるを以つて、是を擔(にな)ふて長岡の市(いち)に賣る。松屋何某(なにがし)なる者、是を買得(かいえ)て、弄玩するに、一日、浪華(らうくは)の商人(しやうじん)來りて強(しい)てこれを求む。其(その)名づくるに、「蝋石(ろうせき)」ならんことを以(もつて)す。終(つゐ)に是(これ)に贈る。予按ずるに瑪瑙(めなう)なるべきか。可惜々々(おしむべし おしむべし)。
[やぶちゃん注:「鉢伏山(はちぶせやま)」幾つかの情報から推理すると、新潟県糸魚川市大平にある放山(ここ(グーグル・マップ・データ))の周囲の何れかのピーク(の名か或いは正規名ではない別称)ではないかと思われる。
「ぶくりやう(ぶくりょう)」は漢方薬に用いる生薬の一つ。既出既注であるが、再掲しておくと、茸の一種である松の根に寄生する松塊(まつほど:菌界担子菌門菌蕈(きんじん)綱ヒダナシタケ目サルノコシカケ科ウォルフィポリア属マツホド Wolfiporia extensa)の菌核を乾燥させたもの。健胃・利尿・強心等の作用を持つ。
「五貫目」十八・七五キログラム。
「浪華(らうくは)」なにわ(漢字表記は他に「難波」「浪速」など)。大阪の古名。
「商人(しやうじん)」あきんど。
「蝋石(ろうせき)」普通に言う「蠟石(蝋石:ろうせき)」は緻密で塊状を成し、単一の鉱物ではなく、蠟のような感触を有する鉱物や岩石の総称。ウィキの「ろう石」によれば、葉蠟石(pyrophyllite:パイロフィライト:層状ケイ酸塩鉱物の一種で軟らかい。篆刻材などに用いる)などを含む蠟のような感じを持つも幾つかの鉱物の集合体の名称で、流紋岩やデイサイトなどが熱水作用を受けて生成したと考えられており、本邦では岡山県備前市三石や広島県庄原市勝光山などが産地で、『耐火煉瓦やガラス繊維などの原料として利用されている』とある。僕らの世代ぐらいまではお馴染みだった、舗装道路に落書きした、あの「ろう石」である。しかし、後で崑崙が言うように、これはそんな安物ではなく、確かに「瑪瑙」(めのう:縞状の玉髄の一種で、オパール(蛋白石)・石英などが火成岩或いは堆積岩の空洞中に層状に沈殿して出来た鉱物の変種で高級宝石)だったのであろう。]