北越奇談 巻之三 玉石 其十七(八ツ花形の古鏡)
其十七
三島蒲原の郡境(こほりざかひ)、五千石村、武久礼(たけくれ)の神社、今、荒果(あれは)てゝ小社(ほこら)なし。其神體、八ツ花形(やつはながた)の古鏡(こきやう)なり。何れの時か是を納めけん。近來(きんらい)、此神を以(もつて)、野中才と云へる寺に移すと云へり。
[やぶちゃん注:「武久礼神社のこと(野中才)」のページに以下のようにある。非常に貴重なので例外的に全文を引用させて戴いた(問題があれば、除去する)。明らかな誤植と思われる箇所を訂し、また、一部、読み難い箇所に読点を追加した。
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野中才の神社の境内に武久礼神社が合祀されています。この武久礼さまについてすこしお話してみたいと思います。「北越奇談」という江戸時代の本によりますと、武久礼神社の古鏡と題して、「五千石に武久礼神社というのがあったが、荒れ果てて今はない、そして、その御神体は八ツ花の古鏡で、いつ納めたものであろうか、近来、この御神体を野中寺という寺にうつした」[やぶちゃん注:上記の通り、「野中寺」という記載は原典にはない。]とありますし、一方、野中才の村の明細張をみますと、「武呉さまは、弥彦大明神のみこ(御子)、天五田根命と申上げ、後に天急雲命と改名された神様であり、古書にも野中才のものだと書いてあるのに、五千石村開墾のときに囲いとられてしまった」と書いてあります。
ともかく今は野中才にありますが、以前、この御神体が何者かにぬすまれてしまったことがあります。
そのとき、専念寺の藤田了存師が夢知らせをうけて、御神体は巻の小道具屋にあるというので、小川原平ェ門が巻に行ったら、なるほど、夢の通りに古道具屋にあり、一分で買取ってきたと言うことです。四月五日(もとは四月四日)が祭りで、祭りの日には「おはぎ」を上げ申して、専念寺様が、阿弥陀経一巻を読んで下さる事になっているそうです。ために、疫病(特に痘瘡)は流行らず、村人は武久礼さまの御利益とばかりに喜んでおりました。尚、古鏡は横崎山から掘り出したものと伝えられていますが、残念ながら、今はありません、惜しむべき事ですね。
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「五千石村」現在の新潟県燕市五千石。ここ(グーグル・マップ・データ)。
「武久礼(たけくれ)の神社」前の引用中に、『野中才の神社の境内に武久礼神社が合祀されてい』るとある。グーグル・マップ・データでは見当たらないので、国土地理院地図を用いて探してみた。名前はないが、現在の燕市野中才(のなかさい)にあるとすれば、この神社か? これはネット検索によって「諏訪神社」であることが判明した。因みに、野島出版脚注には、『西蒲原郡地藏堂駅[やぶちゃん注:現在の新潟県燕市分水桜町にある越後線の分水(ぶんすい)駅の旧称。ウィキの「分水駅」によれば、大正元(一九一二)年年末に新設されたもので、当時の駅名の「地蔵堂」は所在地の当時の町名であったとあり、昭和五八(一九八三)年に分水駅に改称したとある。野島出版版「北越奇談」の初版は昭和五三(一九七八)年で、その折りの注がそのまま残っているためにこうなっている。私の所持するのは平成二(一九九〇)年の第五版であるが、版を重ねている割には、残念ながら、細部が改訂されていないことが判ってしまう。本書の脚注が文章や表現にちょっと古い、しかも言い回しに妙な違和感があるのは、その古さのせいである。]の西南方約一丁位に野中才と云う土地がある。この鎮守は今は諏訪宮であるが、こゝに武呉神社が併祀されている。この神社より西北一丁位に神明神社があって、この境内に大悲閣なる寺がある。この寺は神社の構造である。恐らくは薬師で石動神社でなかったかと思わるゝ。即ち神明、石動、諏訪の末社を有した武呉神社があったのが後に末社たる諏訪神社を主神としたものと思わるゝ(真島衞著伊夜日子神社祭神の研究上巻)』とある(下線やぶちゃん)。私が先に示した神社が、この下線部の「諏訪神社」で、そこから百九メートル西北に「神明神社があって、この境内に大悲閣なる寺がある」というのであるが、国土地理院地図でも寺も神社もない。野島出版版の注釈者はここが原「武久礼神社」であったと推定しているようである。郷土史研究家の方の御意見を伺いたいところである。
「野中才と云へる寺」「野中才」には原典ではルビ部分が真っ黒になっている。組み忘れか、後に削除して潰したものであろう。前の注を読まれれば判る通り、これは寺の名ではなく、地名(現在の五千石地区の北に接する)で、その地区に先の引用に出た浄土真宗専念寺がある。ここ(グーグル・マップ・データ)。
「八ツ花形(やつはながた)」辺縁に八つの稜を持つ古い形の鏡か。八ヶ岳原人氏のサイト内の「諏訪大社と諏訪神社」の中の『神宝「真澄の鏡」』に画像で出る「瑞花麟鳳八稜鏡」のようなものではなかろうか?]
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