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2017/08/25

北越奇談 巻之四 怪談 其六(夜釜焚)

 

    其六

 

 夜釜焚(よがまたき)と云へること、小児(しように)の御伽話とのみ心得たるに、近來(きんらい)、猶、此怪あり。頸城郡高津村塩坪(しほつぼ)、某(それがし)が家來、夏の夜、遠く遊びて、子(ね)の時過ぐる頃、獨り歸り來(きた)るに、村の端(はし)四ツ辻の邊(ほと)りに、靑き火、忽(たちまち)、燃へて、又、消ゆる。如ㇾ此(かくのごとく)なること、數度(すど)。彼(かの)男、思ひらく、

「朋友、未(いま)だ凉み居(ゐ)るならん。」

と。却(かへつ)て、是を戲(たはむ)れ驚(おどろか)さんがために、拔き足して、密(ひそか)に窺(うかゞ)ひ見れば、隣家某(それがし)の二男(じなん)なり。

 両の脚を組み、手を以(もつて)膝を抱(かゝ)へて、俯(うつふ)き、地上に坐(ざ)し、その両足の間より、とろとろと、靑き火、燃出(もえいづ)ること、一尺ばかり。面色(めんしよく)、甚だ靑ざめ、皮肉、瘦せ衰へたり。

 かの男、あまりに驚き、

ッ。」

声を出(いだ)せば、化物、顏を擧げ、彼(かの)男を見て、莞爾(につこと)笑ひ、忽(たちまち)、消え失せて、見へず。

 かの男、慌(あは)て、走り歸りて臥しぬ。

 扨、翌朝(よくてう)、未だ漸々(やうやう)明白(あけしら)みたる頃、主人、是(これ)に命じて、馬(むま)の草を苅(から)しむ。

 かの男、起出(おきいで)て、鎌など携へ、山岨(やまそは)の草野に至り見れば、細川(ほそがは)を隔(へだ)て、早く來り、草を苅る者あり。

 彼(かの)男、細川を一飛(ひととび)にして、

「誰(たれ)ぞ。」

と聲をかく。

 其人、後(あと)へ振り向きたる顏を見れば、昨夜の辻に火を焚(たき)たる男なり。

 あまりに打驚(うちおどろ)きて、ものも云はず立(たち)たれば、其者の云へるは、

「必(かならず)、昨夜のこと、人に談(かた)りてたもるな。」

と。

 此(この)一言(いちごん)に、再び、心、驚きて、逃げ歸りけるが、それより、病(やまひ)に臥し、不ㇾ起(たゝざる)こと、十日餘り、遂に其村に居(お)ること、不ㇾ能(あたはず)、主人に暇(いとま)を乞ふて、己(おのれ)が里に歸りぬ。

 同(おなじく)、大光寺村(たいくはうじむら)、鍛冶(かぢ)、某(それがし)の母、近來(きんらい)、此怪、ある事、まゝ見當たりたる人、夛(おほ)し。

 凡(およそ)、此怪ある人は、三年ならずして、必(かならず)、神氣(しんき)衰(おとろ)へて、死す。

 總て、此邊(このへん)、南山(なんざん)に續き、畑(はた)の土に交(まじは)り、石鏃(やのねいし)・雷斧(らいふ)。石鐱(せきけん)等(とう)を出(いだ)すこと、夛し。去年の去年(こぞ)の春、此地に到り、見るに、昔、兵火(ひやうくは)のために燒(やか)れたる戰塲(せんじやう)と覺へて、燒石(やけいし)・瓦・土器物(どきぶつ)など多し。然(しか)れば、是を按ずるに、此怪も「傳尸勞(でんしろう)」の類(たぐひ)にして、苦愁(くしう)の㚑鬼(れいき)、緣(えん)に乗(じよう)じ、人に付(つい)て、此(この)怪崇(くはいそう)を成すか。不思義なりし一奇なり。

 

[やぶちゃん注:「夜釜焚(よがまたき)」新潟県で伝承される妖怪とされ、夜道に胡坐(あぐら)をかいて座っている化け物で、その組んだ足の間から青白い火が立ち上るとされる、と「大辞泉」にはあるのだが、「日本国語大辞典」には載らないし、私の所持する複数の妖怪関連の学術的民俗学書にも出ない。不思議。この事実自体が、奇怪だ!

「頸城郡高津村塩坪(しほつぼ)」不詳。新潟県上越市高津附近か?(グーグル・マップ・データ)。

「子(ね)の時」午前零時。

「山岨(やまそは)」現代仮名遣「やまそわ」。山の険しい所。切り立った崖。

「大光寺村(たいくはうじむら)」「巻之二 俗説十有七奇 (パート1 其一「神樂嶽の神樂」 其二「箭ノ根石」(Ⅰ))」で既出既注。旧中頸城郡内。現在位置不詳。識者の御教授を乞う。但し、一つ言えることは、後で実地調査をした崑崙が、「此邊(このへん)、南山(なんざん)に續き」(この「南山」は越後の南の山地・山脈の意であって固有名詞ではあるまい)とあることで、この「此邊」とは主な話柄の舞台である頸城郡高津村塩坪と、この大光寺村が近いことを意味していると考えられることである。推定比定した高津の南東は山岳地帯であるからである。

「鍛冶(かぢ)、某(それがし)の母、近來(きんらい)、此怪、ある事、まゝ見當たりたる人、夛(おほ)し」「凡(およそ)、此怪ある人は、三年ならずして、必(かならず)、神氣(しんき)衰(おとろ)へて、死す」前の部分はその妖怪を鍛冶屋の母なる人がやはり目撃したという謂いとしか読めないのであるが、問題は後の部分で、これはその「夜釜焚」を見た人ではなく、それになった人物(本話では隣家の次男)が三年経たぬうちに死ぬ、という意味にしか採れない見た人がそうなってしまうというのなら、かの家来なる男は郷里に帰って三年の内に死んだと記さねばならぬのに、それがなく、大光寺の刀自も死んだとは書いてない。二人とも見たのがこの記載よりも三年未満の前だからだなどと屁理屈を言うなら、これはこいつらも近いうちに死んじまう、というとんでもない不謹慎な怪談になってしまう。崑崙がそんなことを書くはずはない。隣家の次男は実際に三年絶たずして死んだのだろうが、それは過去の事実としてであるのならば、許せるのである。私は昨今の都市伝説の中の「この話を聴いた人間はその霊に遭う」とか「見聞きするだけでとり殺される」的話柄や、心霊写真や動画に於ける「非常に霊障」などという謂いを苦々しく思っている人種である。読んだら、見たら、聴いたら、死ぬかもしれないと恐れさせる怪談は下劣の極みであると断ずる。怪談にも最低の節操が必要であると私は思うのである。

「石鏃(やのねいし)・雷斧(らいふ)。石鐱(せきけん)等(とう)」先に示した「巻之二 俗説十有七奇 (パート1 其一「神樂嶽の神樂」 其二「箭ノ根石」(Ⅰ))」を参照されたい。

「傳尸勞(でんしろう)」漢方で伝染性の慢性的な全身性消耗疾患を指すようである。所謂、「勞咳」=肺結核に類したものを想起してよかろう。隣家の次男の容貌はまさにそれを想起させるではないか。人を含む動物の死骸の中に「」(「虫」或いは悪しき「気」か)なるもの(今の微生物・細菌・ウィルス)がおり、それが人に「傳」染することによって、慢性的な激しい体力疲「」(消耗)を生じさせる死に至る病い、という意味と私はとる。野島出版脚注にも『病名。肺病を云う。死尸の労虫(微生物)によって伝染する病気』とある。

「苦愁(くしう)の㚑鬼(れいき)、緣(えん)に乗(じよう)じ」苦しみ迷っている霊魂或いはそれが変じた鬼神(「石鏃」のところで既に見た通り、崑崙は鬼神の存在を信じている)が、ある不可思議な人智によっては解明出来ない機縁に乗じて。

「付(つい)て」憑依して。

「怪崇(くはいそう)」「崇」はママ(読みがおかしく、歴史的仮名遣なら「くわいすう」である)。「怪祟」(クワイスイ)の誤りであろう。妖しい邪(よこしま)なる現象。]

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