和漢三才圖會卷第五十三 蟲部 斯螽(はたおり)
はたおり 斯螽 蚣蝑
螽斯
【波太於里】
本綱似草螽而大者曰螽斯似螽斯而細長者曰蟿螽
△按螽斯長二寸許青色尖首長脚有毛露眼其間甚狹
而眼側有二硬髭小兒戯捕兩足曰汝織機當放去則
屈股俯仰狀似織機故名之詩經曰五月斯螽動股者
是也其老者灰赤色黒點善跳作聲如曰吉吉
*
はたおり 斯螽〔(ししゆう)〕 蚣蝑〔(しようせい)〕
螽斯
【「波太於里」。】
「本綱」、草螽(いなご)に似て大なる者を螽斯〔(しゆうし)〕と曰ふ。螽斯に似て細長き者、蟿螽(はたはた)と曰ふ。
△按ずるに、螽斯は、長さ二寸許り、青色、尖りたる首、長き脚に、毛、有り。露(あらは)なる眼、其の間、甚だ狹く、眼の側〔(そば)〕に二つの硬き髭〔(ひげ)〕、有り。小兒、戯れに兩足を捕へて曰く、「汝、機(はた)を織(を)れ。當〔(まさ)に〕放ち去るべし」といへば、則〔(すなはち)〕、股を屈(かが)めて、俯(うつふ)き仰(あをむ)く狀〔(かたち)〕、機を織るに似たり。故に之れを名づく。「詩經」に曰く、「五月 斯螽 股を動かす」いふは是れなり。其の老する者は、灰赤色、黒點〔あり〕。善〔(よ)〕く跳〔びて〕、聲を作〔(な〕して、「吉吉〔(きちきち)〕」と曰ふがごとし。
[やぶちゃん注:現在の本邦産種としては、直翅(バッタ)目剣弁(キリギリス)亜目キリギリス下目キリギリス上科キリギリス科キリギリス亜科 Gampsocleidini 族キリギリス属ニシキリギリス Gampsocleis buergeri(本州西部(近畿・中国)及び四国・九州に分布)とヒガシキリギリス Gampsocleis mikado(青森県から岡山県(淡路島を含む)に分布し、近畿地方ではニシキリギリスを取り巻くように分布)の二種を挙げておけばよかろう。参照したウィキの「キリギリス」によれば(アラビア数字を漢数字に代え、記号の一部を変更・省略した)、『成虫の頭〜翅端までの長さはヒガシキリギリスがオス二十五・五~三十六・〇ミリメートル、メス二十四・五~三十七・〇ミリメートル、ニシキリギリスがオス二十九・〇~三十七・〇ミリメートル、メス三十・〇~三十九・五ミリメートルで、メスの方がやや大きい傾向がある』。『緑色を基調とする緑色型と、褐色を基調とする褐色型がある』。『翅の長さも個体群によって長短の変異がある。一般にヒガシキリギリスでは翅が短く』て『側面に黒斑が多く、ニシキリギリスでは翅が長く』て『黒斑は一列程度か、あるいは全くない。ともに触角は長く、前脚には脚の直径より長い棘が列生する。オスは前翅に発音器をもち、メスは腹端に長い産卵器をもつ』。『成虫の頭から翅端までの長さはおよそ二十四~四十ミリメートルほどで、生育環境により』、『緑色の個体と褐色の個体が生じる。若齢幼虫は全身が緑色で頭部が大きい』。「バッタとの比較」の項によれば、バッタに較べると、『からだが短くて体高が高く、脚と触角が長い。成虫の翅の形は種類やオスメスでちがう』。キリギリスは『音の受容体(耳)が前脚の中ほどにある』のに対して『バッタは胸と腹の間にある』。キリギリスの『メスの尾部には刀のような産卵管が発達する』。キリギリスの前の二対の『脚にはたくさんのトゲがあり、雑食性である』。「生態」の項。『年一化で、成虫は夏に現れ、草むらなどに生息して他の昆虫などを捕えて食べる。鳴き声は「ギー!」と「チョン!」の組み合わせで、普通は「ギー!」の連続の合間に「チョン!」が入る』とある。
「本綱」以下は「蟲部 化生類」に「𧒂螽」(フウシュウ)として載る中の「集解」の一節。
「草螽(いなご)」ここでは直翅(バッタ)目バッタ亜目イナゴ科 Catantopidae のイナゴ類としておく。
「蟿螽(はたはた)」直翅(バッタ)目雑弁(バッタ)亜目バッタ下目バッタ上科バッタ科ショウリョウバッタ亜科 Acridini 族ショウリョウバッタ属ショウリョウバッタ Acrida cinerea 或いはその♀(♂より有意に大型)。
「露(あらは)なる眼」目が飛び出ていることをいう。
「當〔(まさ)に〕放ち去るべし」この部分は原典に従わずに、私が勝手に訓じた。原典では「當放」の右に「イナソ」とカタカナのルビがあり、「去」には読みらしきものがなく、送り仮名もない。私には「當放去」の三字で「いなそ」(或いは「去(い)なそうぞ」で「放してやるぞ!」の意か?)と読んでもどうもピンとこなかったので従わなかった。かく読んだなら、「お前、機(はた)を織れ! 織ったならば解き放ってやるぞ!」という意味で自然に採れるからである。因みに、東洋文庫版も「お前、機(はた)を織れば放してやろう」と訳してある。大方の御叱正を俟つ。
『「詩經」に曰く、「五月 斯螽 股を動かす」』既出既注。
『「吉吉〔(きちきち)〕」と曰ふがごとし』う~む、この鳴き声は、キチキチバッタでショウリョウバッタなんですけど。]
« 北越奇談 巻之五 怪談 其三(光る蚯蚓・蚯蚓鳴く・田螺鳴く・河鹿鳴く そして 水寇) | トップページ | 北越奇談 巻之五 怪談 其四(埋蔵金伝説) »