北越奇談 巻之三 玉石 其四(木葉石)
其四(し)
木葉石(ぼくやうせき)は栃尾(とちを)山谷(さんこく)の間、堀の内、十日町の山間、難波山(なんばやま)等(とう)に夛(おほ)く出ると雖も、皆、石性(せきせい)、和(やは)らかにして、灰白色、盆地(ぼんち)に入(いれ)、草木(さうもく)を植(うゆ)るに、よく水を上げて活(い)く。打碎(うちくだく)に、一片(いつへん)一片、諸木の葉、相重(あいかさな)り、皴紋(しゆんもん)、甚だ面白く、たまたま小魚(しようぎよ)・蜘蛛・蛙(かはづ)などの、葉の間にありて石と成れるものあり。只、魚沼郡(うほぬまごほり)上田郷(うへだごう)藪神(やぶかみ)の庄(せう)、大湯村(おほゆむら)【温泉の出る所。小出島より三里。】、同(おなじく)栃尾俣村(とちをまたむら)さなし川の奧、羽根(はね)川といへる溪流の岸岩(きしいは)の間より、掘出(ほりいだ)すもの、黑色(こくしよく)にして堅實(けんじつ)なり。以(もつて)碩(すゞり)となすに堪(たへ)たり。尤(もつとも)、得易(えやす)からず、少(まれ)にあり。得ㇾ之(これをうる)者は、以、珍玩とす。
[やぶちゃん注:地層面上に美しくリアルに印象保存(炭素粒で誇張されたもの)された木の葉(主に広葉樹)の化石。一ミリメートルから一センチメートル単位で葉理が発達している凝灰質頁岩(泥岩がさらに固結した粘板岩(スレート)との中間の岩石)。葉が炭化して残存する場合もあるが、殆どは木の葉の形の印象だけが残る。条件のよい場合は細かな葉脈なども観察され、種類の判別も可能である。栃木県塩原町に分布する洪積世(更新世)中期の湖沼堆積物中に含まれるブナ・カエデ・クリなどの広葉樹の葉が薄く割れやすい淡色の岩片に保存されていることから「木の葉石(このはいし)」と呼ばれたものが最も知られ、これは地質時代の木の葉が砂・粘土・火山灰などとともに静かな水底で堆積したものの化石化したもので、塩原化石植物群は約百三十種の、おもに広葉樹から成る。その組成から、当時の温帯北部に生育したものと考えられている(以上は平凡社「世界大百科事典」を主として他の辞書記載を合成した)。
「栃尾(とちを)」現在の栃尾(新潟県長岡市栃尾町)の東方部であろう。この附近(グーグル・マップ・データ)。
「堀の内」新潟県魚沼市堀之内か。ここ(グーグル・マップ・データ)。
「十日町」新潟県十日町市。ここ(グーグル・マップ・データ)。
「難波山(なんばやま)」既出既注であるが再掲する。上越市の高田地区の南西方の山岳地帯に三つのピークがあり、北西から南東に順に「青田難波山」(あおたなんばさん)・「南葉山(なんばさん)」・「籠町南葉山(かごまちなんばさん)」と呼ばれる(ここ(グーグル・マップ・データ))。
「盆地(ぼんち)」盆栽で鉢(盆栽鉢・盆器)に敷き入れる基底土。
「よく水を上げて活(い)く」凝灰質頁岩は吸水性がある。
「皴紋(しゆんもん)」「皴」は「皺」(しわ)に同じい。転写された葉脈紋様のこと。
「魚沼郡(うほぬまごほり)上田郷(うへだごう)藪神(やぶかみ)の庄」現在、新潟県魚沼市今泉に東日本旅客鉄道只見線の無人駅に「藪神駅」がある。この附近(グーグル・マップ・データ)であろう。
「大湯村(おほゆむら)」新潟県魚沼市大湯温泉。ここ(グーグル・マップ・データ)。先の藪神駅の南東約十一キロに当たる。
「小出島」新潟県魚沼市小出島。ここ(グーグル・マップ・データ)。ここで魚野川に合流する東から流れている佐梨川の上流に大湯温泉がある。
「栃尾俣村(とちをまたむら)さなし川の奧、羽根(はね)川」佐梨川の大湯温泉の、上流直近にある魚沼市大湯温泉栃尾又のことであろう(栃尾又温泉がある。なお、正式な住所は大湯もここも魚沼市上折立らしい。)。ここ(グーグル・マップ・データ)。恐らくは「藪神の庄」から以下は、ここを指し示すためのものである可能性が強い。その奥にあるとする「羽根(はね)川」は佐梨川の北の尾根の向う側を並行して流れる川のこと。これ(グーグル・マップ・データ)。なお、後の「其七」でも大湯村温泉と栃尾又温泉は再述され、崑崙自筆の絵図が掲げられてある。
「以(もつて)碩(すゞり)となすに堪(たへ)たり。尤(もつとも)、得易からず、少(まれ)にあり。得ㇾ之(これをうる)者は、以、珍玩とす」現在、ここから硯石が産出されるという記載はネット上には見当たらない。]