北越奇談 卷之三 玉石 其十八(毒石=竜骨=スランガステイン)
其十八
長岡藩中、島(しま)氏(うぢ)の家に祕藏する所、毒石(どくせき)あり。大さ、如ㇾ卵(たまごのごとし)。色、靑黑(せいこく)。蝮蛇(ふくだ)の毒、及び、一切の毒を消(せう)す。其痛む所に石を押當(おしあつ)れば、卽(すなはち)、毒を吸盡(すひつく)して癒(いゆ)。其後(そのゝち)、石を以(もつて)、乳汁(にうじう)に浸(ひた)せば、皆、其毒を吐き盡(つく)せり。是、外國の產、その名を忘失(ぼうしつ)す。三島郡島崎(しまさき)村、加右ヱ門(かゑもん)と云へる者、數代(すだい)家に傳へる一塊(いつくわい)の小石(こいし)あり。その名を知らず。只、血を止(とめ)るに妙なり。諸血(しよけつ)、皆、治(ぢ)す。此石を疵口(きづくち)に附(つ)くれば、忽(たちまち)、血、止(とま)り、痛(いたみ)、去(さる)と云へり。
[やぶちゃん注:この石は恐らく「スランガステヰン」(オランダ語“slangensteen”(スランガステーン:「蛇の石」の意)である。江戸時代、オランダ人が伝えた薬石の名で、蛇の頭から採取するとされた、黒くて碁石に似た白黒の斑紋を持った石。腫れ物の膿を吸い、毒を消す力を持つとされ、「蛇頂石」「吸毒石」とも呼んだ。所謂、中国の「竜骨」(古代の象やその他何でもかんでも変わった化石は「竜骨」と称した)である。これは私の非常に得意な分野の一品で、既に私は「和漢三才圖會 卷第四十五 龍蛇部 龍類 蛇類」の「龍」の注でマニアックにしてフリーキーに追跡している。かなり長いが、是非、ご覧あれかし。ページ内検索に「須羅牟加湞天」(スランカステンと読む)を入れてお捜しあれ。捜すのが面倒な方は、私のブログの「大和本草卷之十四 水蟲 蟲之上 龍骨」をどうぞ(同内容)。結論だけを言っておくと、この「毒石」の成分は、燐酸石灰と少量の炭酸石灰及び稀少の炭素との化合物で、それは即ち、動物の骨を焼いたもの、或いは、古代の動物の化石に他ならない。
「長岡藩」越後国の古志郡全域及び三島郡北東部・蒲原郡西部(現在の新潟県中越地方の北部から下越地方の西部)を治めた藩で、現在の新潟県長岡市・新潟市を支配領域に含む藩であった。藩主は初め、外様の堀氏(八万石)であったが、二年で越後村上に移され(元和四(一六一八)年)、譜代の牧野氏に交替した。
「島氏」不詳。非常に細かいウィキの「越後長岡藩の家臣団」には載らない。
「蝮蛇(ふくだ)」言わずもがなであるが、蝮(まむし:有鱗目ヘビ亜目クサリヘビ科マムシ亜科マムシ属ニホンマムシ Gloydius blomhoffii)のこと。
「三島郡島崎(しまさき)村」現在の新潟県長岡市島崎。ここ(グーグル・マップ・データ)。]
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