北越奇談 巻之四 怪談 其十一(山男その二)
其十一
高田大工又兵衞弟(おとゝ)某(それがし)、西山本に雇(やとは)れ、數日(すじつ)留(とま)りけるが、ある夜、急げる私用ありて、獨り、山路(やまぢ)を歸りしに、岨道(そはみち)の引囘(ひきまは)りたる所にて、不ㇾ慮(はからず)、大人(たいじん)に行逢(ゆきあふ)たり。其形、赤身(はだかみ)にして、長(たけ)八尺ばかり、髮、肩に垂れ、目の光(ひかり)、星のごとく、手に兎一ツを提(さげ)、靜かに步行來(あゆみきたる)。大工、驚(おどろき)て立止(たちとま)れば、かの大人も驚たるさまにて立止りしが、遂に物も言はず。路を横切(よこぎ)りて、山に登り、去りぬ、と云へり。
是等も、かの山男なるべし。
[やぶちゃん注:山男の連投。
「現在の新潟県上越市の高田の西の上越市浦川原区に「山本」という地名を現認は出来る。ここ(グーグル・マップ・データ)。高田へは直線で十一キロメートルほどあり、この地区自体は丘陵地にある。
「岨道」険しい山道。
「引囘(ひきまは)りたる所」大きくカーブして先が見えない箇所。
「八尺」二メートル四十二センチ。]