北越奇談 巻之三 玉石 其二十二(化石溪・海石)
其二十二
大湯村【前に出す。】より、會津に越(こす)所、駒ヶ嶽(こまがたけ)の深谷(しんこく)に入る事、三里にして、化石溪(くはせきけい)と名づくる所あり。艸木(さうもく)となく、虫羽(ちうう)の類(たぐひ)となく、此流(ながれ)に落入(おちいる)時は一周年を歴(へ)て、皆、化石となる。其水、夏日と雖も、悉(ことごとく)苦寒(くかん)にして、渉(わた)るべからず。又、蘇門山(そもんざん)の北、下田郷(したゞごう)の深谷に化石する所ありと云へ傳ふ。予いまだ、其地に至らず。凡(およそ)北越、奇石を出(いだ)す事、所々(しよしよ)に夛(おほ)しと雖も、河内谷幷ニ大湯村・佐奈志川の邊(へん)、尤(もつとも)多し。頸城(くびき)鍋浦(なべうら)、又、海石(かいせき)の奇を出(いだ)す。以(もつて)、好事の人、尋ね求(もとむ)るに、便りするものなり。
[やぶちゃん注:「大湯村」複数回既出既注。新潟県魚沼市大湯温泉。ここ(グーグル・マップ・データ)。
「駒ヶ嶽」既出既注。越後駒ヶ岳。新潟県南魚沼市と魚沼市に跨る。標高二千三メートル。ここ(グーグル・マップ・データ)。相当な山越えルートとなるが、大湯からこの山の南を回って(現在の国道三五二号相当)東北に向かうと、現在の福島県の「會津」地方に向かう。
「化石溪(くはせきけい)」不詳。後のかの鈴木牧之の名著「北越雪譜」の「二編二之卷」に「化石溪」が出るが、同じ野島出版の「校註 北越雪譜」(宮栄二監修/井上慶隆・高橋実校註/昭和四五(一九八〇)年初版刊。私が所持するのは平成五(一九九三)年刊の改訂版)の補註(三二〇頁)に、この「北越奇談」の『化石渓がどこであるか、はつきりしない。破間川』(あぶるまかわ:小出で羽根川と合流して魚野川に合流する川。佐梨川の北)『の上流あたりか、あるいは』『羽根川の誤聞かとも思われる』とある。先の「北越奇談 巻之三 玉石 其四(木葉石)」も参照されたい。
「艸木(さうもく)となく、虫羽(ちうう)の類(たぐひ)となく、此流(ながれ)に落入(おちいる)時は一周年を歴(へ)て、皆、化石となる」かく冷水によって固まり一年で化石化するとしたら、これは全く以って真正の怪談ということになるのであるが、これは形態を殆んど損していない美しい動植物の全形化石を、かく、伝承したものであろう。
「蘇門山(そもんざん)」既出既注。新潟県魚沼市・三条市・長岡市に跨る標高千五百三十七・二メートルの守門岳(すもんだけ)山のこと。ここ(グーグル・マップ・データ)。
「下田郷(したゞごう)」旧南蒲原郡下田村、現在の新潟県三条市のこの地区(グーグル・マップ・データ)。
「河内谷」既出既注。新潟県五泉市川内。この附近(グーグル・マップ・データ)と私は推定する。
「大湯村」既出既注。新潟県魚沼市大湯温泉。ここ(グーグル・マップ・データ)。
「佐奈志川」既出既注。新潟県魚沼地方を流れる信濃川支流の魚野川のそのまた支流である佐梨川。駒ヶ岳を水源とし、全長約十八キロメートル。
「頸城(くびき)鍋浦(なべうら)」本書冒頭に出た「鍋が浦」現在の新潟県上越市大字鍋ケ浦。ここ(グーグル・マップ・データ)。
「海石(かいせき)」石ではなく、既に冒頭の「玉石」に出た珊瑚等の類。
「便りするもの」奇石収集の格好の採集(というよりも買い入れ)地とする場所。]
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