和漢三才圖會卷第五十三 蟲部 金龜子(こがねむし)
こがねむし 蛂【音別】 蟥蛢
金龜子
【俗金蟲】
キンクイツウ
[やぶちゃん注:「龜」は原典では「亀」の中央の一本の縦画を二本にしたものであるが、本文注のそれは正字である。]
本綱此亦吉丁蟲之類媚藥也大如刀豆頭靣似鬼其甲
黒硬如龜狀四足二角身首皆如泥金裝成蓋亦蠹蟲所
化者五六月生草蔓上行則成雙死則金色隨滅故以粉
養令人有媚也
*
こがねむし 蛂【音、別。】 蟥蛢〔(くわうへい)〕
金龜子
【俗、金蟲(こがねむし)。】
キンクイツウ
「本綱」、此れも亦、吉丁蟲(たまむし)の類。媚藥なり。大いさ、刀豆(なたまめ)のごとく、頭靣〔(とうめん)〕、鬼に似たり。其の甲、黒く硬(かた)くして、龜の狀〔(かたち)〕のごとし。四足、二角。身首〔(しんしゆ)〕、皆、泥金(でいきん)を裝(かざ)り成(な)せるがごとし。蓋し、亦、蠹蟲(きくひむし)の化する所〔の〕者〔なり〕。五、六月、草蔓〔(さうまん)〕上に生じ、行くときは、則ち、雙〔(さう)〕を成し、死するときは、則ち、金の色、隨ひて滅す。故に粉を以つて養ひて、人をして媚〔(び)〕有らしむなり。
[やぶちゃん注:鞘翅(コウチュウ)目多食(カブトムシ)亜目コガネムシ下目コガネムシ上科コガネムシ科 Scarabaeidae の属する広汎なコガネムシ類を指すが、狭義のそれはスジコガネ亜科コガネムシ属コガネムシMimela
splendens である(外見上は前肢基節間に前胸突起があることで広義のコガネムシ類と区別出来る)。但し、やや気になるのは、本邦に棲息するコガネムシMimela
splendens(他に東シベリア・朝鮮半島・中国・台湾・ミャンマー等に分布する。体長は十七~二十三ミリメートル)は強い金属光沢は持つが、多くは金緑色(時に赤紫色を帯び、稀に赤紫色や黒紫色を呈する個体もある)で、「本草綱目」の明記する「泥金(でいきん)を裝(かざ)り成(な)せる」(「泥金」は金泥(きんでい)に同じい。金粉を膠(にかわ)の液で泥のように溶かした金色の顔料。日本画・装飾・写経等で用いられる)ような色、「金の色」というのと必ずしも合致しない。寧ろ、本邦で純粋に黄金色をしたコガネムシ類に出逢うことは、実は稀であるとも言える。ただ、全然いないわけではない。星谷仁氏のブログの「黄金色(こがねいろ)のコガネムシ」に載る個体の画像は緑色を含むものの、確かに黄金(こがね)色と言える固体である(二〇一四年八月東京での撮影で、星谷氏はコガネムシ科スジコガネ亜科サクラコガネ
Anomala daimiana に『似ている気もするが』、『正確なところはわからない』と述べておられる)。本記載は「本草綱目」のものであるから、中国産で黄金色の種を示すのが最も確度が高くなるのだが、上手く探せないのであきらめた(Scarabaeida(コガネムシ科)で中国語のみの検索設定にし、画像検索で黄金色の個体画像を載せるページを縦覧したのだが、それは世界中のコガネムシを蒐集している中国人のインセクタ―のページであってお手上げであった)。因みに、私の知る限りでは、本当に金で細工したように見える種群は中南米産のコガネムシ科プラチナコガネ族プラチナコガネ属
Plusiotisなどのプラチナコガネ類(現生種は約六十種)が挙げられる。例えば、キンイロコガネ
Plusiotis resplendens で画像検索して見れば、私の謂いが大袈裟でないことが判る。なお、この手の明確にゴールドの個体を本邦で見つけたとする記事や画像もあるにはあるが(視認は神奈川県内などが挙がっている)、どうもそれらは現代の人為的に持ち込んでしまった外来種のようである。
コガネムシの記載は「日本大百科全書」のそれが詳しいので、以下に引用しておく(アラビア数字を漢数字に代えた)。まず、狭義のコガネムシ Mimela splendens について(体長や分布は前に記した)。『卵形で六~七月に現れ、クヌギ、ナラ、サクラなどの広葉樹の葉を食べる。幼虫は地中にすみ、木の根を食べ、卵から成虫まで一、二年かかる』。『コガネムシ科Scarabaeidaeは、およそ二万五千種が知られており、世界中に広く分布しており、日本にも約三百種が産する。この科の甲虫は、体長二ミリメートルほどの微小なものから、ヘラクレスオオカブト』(コガネムシ科カブトムシ亜科ヘラクレスオオカブト属ヘラクレスオオカブト Dynastes hercules)『の十六センチメートルまでさまざまな大きさの種類があり、卵形から楕円(だえん)形のものが多いが、円形や長い円筒形の種類もある。触角は八~十節、先端の三~七節は片側に長く伸びていて互いに密着でき、えら状か球状。腹部は六節認められ、背部先端の尾節板は大きくて強く傾斜し垂直のことも多く、上ばねから露出することが多い。脚(あし)の跗節(ふせつ)は五節である』。『この類は、大別して食糞類(しょくふんるい)と食葉類(しょくようるい)に分けられ、後者が植物質を食としているのに対して、前者は主として動物の糞や死肉に集まり、幼虫は地中で成虫によって運ばれた糞塊や肉塊を食べて育つが、キノコや腐植土を食べるものや、朽ち木の皮下、草の根際、アリ、シロアリの巣にすみ特殊化したものなどがある』。「食糞類」の項。『この類には次の二亜科が含まれる』。まず、一つが『ダイコクコガネ亜科』(Scarabaeinae)で、『糞球を転がすので有名なタマオシコガネ』『の類、雄の頭胸背部に角(つの)や突起をもつダイコクコガネ』(ダイコクコガネ亜科ダイコクコガネ族ダイコクコガネ属ダイコクコガネ Copris ochus)・『ツノコガネ』((タマオシコガネ亜科とも)ツノコガネ族ツノコガネ属 Liatongus phanaeoides)・『エンマコガネ』(ダイコクコガネ族エンマコガネ属Caccobius)『の類など典型的な糞虫がここに属し、ナンバンダイコク属Heliocoprisのような大きい種類もある』。二つ目が『マグソコガネ亜科』Aphodiinae で、『小形で円筒形の種類が多く、糞に多いが、枯れ木の皮下やアリ、シロアリの巣にすむものもあり、ニセマグソコガネ』(Aegialia nitida)『の類は川岸の砂地などにみられる』。以下、「食葉類」の項。『この類には六亜科が含まれ、すべて植物質を食べるので人目につく種類が多い』。(一)『カブトムシ亜科』Dynastinae 『カブトムシ』(真性カブトムシ族カブトムシ属カブトムシ Trypoxylus dichotomus)をはじめとして、『ヘラクレスオオカブト』や『アトラスオオカブト』(真性カブトムシ族アトラスオオカブト属アトラスオオカブト Chalcosoma atlas)『など大形種を含むが、クロマルコガネ』(クロマルコガネ族クロマルコガネ属クロマルコガネ Alissonotum pauper)『のような十ミリメートル前後のものもある。幼虫は朽ち木や腐植質を食べて育つ』。(二)『コフキコガネ亜科』Melolonthinae 『長形の種類が多く、植物の葉を食べる。ヒゲコガネ』(コフキコガネ族コフキコガネ亜族ヒゲコガネ属ヒゲコガネ Polyphylla(Gynexophylla) laticollis laticollis)・『シロスジコガネ』(ヒゲコガネ属シロスジコガネ Polyphylla(Granida) albolineata)『のように白い模様のある種類もあるが、一般には褐色から黒色のクロコガネ』(コフキコガネ族クロコガネ亜族クロコガネ属クロコガネ Holotrichia kiotoensis)『の類のように単色のものが多い。成虫は灯火によく集まり、幼虫は地中にいて木の根を食べている』。(三)『ビロードコガネ亜科』Sericinae 『卵形から長卵形の小形の種類が含まれ、背面の光沢が鈍く、ビロード様の感じを与えるものが多い。草木の葉を食べるが夜間活動し、灯火にもよくくる。幼虫は地中で根を食べている』。(四)『スジコガネ亜科』Rutelinae 『夜間灯火に集まる金属光沢をもつ卵形の種類で』、最初に掲げた狭義のコガネムシをはじめとして、『ドウガネブイブイ』(スジコガネ族スジコガネ亜族スジコガネ属ドウガネブイブイ Anomala cupera。私の好きな和名で漢字では「銅鉦蚉蚉」と書く)・『スジコガネ』(スジコガネ属スジコガネ Anomala testaceipes)・『ヒメコガネ』(スジコガネ属ヒメコガネ Anomala rufocuperea)『などがこの類に属する』。(五)『ハナムグリ亜科』Cetoniinae 『四角張った体でよく飛ぶ。ハナムグリ』(ハナムグリ族ハナムグリ亜族ハナムグリ属ハナムグリ亜属 (独立属とすることもある)ハナムグリ Catonia (Eucetonia) pilifera)・『カナブン』(カナブン族カナブン亜族カナブン属 Rhomborrhina(又は Pseudotorynorrhina)Rhomborrhina 亜属カナブン Rhomborrhina japonica(又は Pseudotorynorrhina (Rhomborrhina) japonica)『など花や樹液に集まるものが多く』アフリカに棲息する『巨大なゴライアス』ハナムグリ類(ハナムグリ亜科オオツノハナムグリ属 Goliathus)『もこの類である。トラハナムグリ』(トラハナムグリ亜科トラハナムグリTrichius japonicus)・『ヒラタハナムグリ』(ヒラタハナムグリ亜科ヒラタハナムグリ Nipponovalgus angusticollis)『も花に集まるが、それぞれ別亜科とされることが多く、ヒゲブトハナムグリ』(ヒゲブトハナムグリ亜科ヒゲブトハナムグリ Amphicoma pectinata)等も『別亜科または別科とされる』。(六)『テナガコガネ亜科』Euchirinae 『沖縄のヤンバルテナガコガネ』(テナガコガネ属ヤンバルテナガコガネ Cheirotonus jambar)『は、日本最大種として有名』。以下、「民俗」の項。ファーブルの「昆虫記」で『知られるスカラベ・サクレ(タマオシコガネの一種)』(コガネムシ科ダイコクコガネ亜科 Scarabaeini 族タマオシコガネ属ヒジリタマオシコガネScarabaeus sacer。本種は「昆虫記」のベストセラーとともに「タマオシコガネ」や「フンコロガシ」という和名が当てられて紹介されて本邦でも有名となったが、その後、「サクレ」はファーブルの誤同定であったことが判明し、和名もヒジリタマオシコガネへ改められている。ここはウィキの「スカラベ」に拠った)『は、古代エジプト人にとって神聖な昆虫であった。土の中に入り、のちにまるで生き返ったように現れる生態から、この虫は不死の象徴となり、ミイラに添えて葬られた。この習俗の起源はきわめて古く、先王朝期』(紀元前三五〇〇年以前)『の墓からも発見されている。花崗岩(かこうがん)や宝石をこの虫の形に刻んだ御守りもあり、それには、魂の裁判のとき神々が敵意をもたないことを願う文字が彫られているものもある。ヘリオポリスの人々によって祀(まつ)られた神ケプリ(ケペリ)は、この虫の神格化で頭部を虫の形にした男、あるいは顔の部分を虫にした男、頭上に虫をのせた男などの姿で描かれ、一匹の虫の形で表現されることもある。ケプリという語には、「スカラベ・サクレ」と同時に「自ら生成するもの」という意味があり、生命の更新を表す神として崇拝された。太陽を運行する神とも考えられ、この虫が玉を転がすように、巨大な虫の姿で太陽を転がしているとも想像された。特定の甲虫類を御守りにする習俗は世界各地にあった。ヨーロッパではシレジア人が、季節の最初のコフキコガネ属』(コフキコガネ族クロコガネ亜族クロコガネ属 Holotrichia)『の一種をとらえ、小さな布袋に縫い込んで発熱の際の御守りにした。中国では愛される呪(まじな)いに甲虫類を飼う習俗があり、コガネムシの一種も用いたらしい。日本では、よくコガネムシの胴を糸で結び子供のおもちゃにした』。江戸後期の心学者布施松翁の「松翁道話」(文化一一(一八一四)年成立)には、『平安後期の盗賊熊坂長範(くまさかちょうはん)が子供のとき糸につけて遊んでいたコガネムシが銭箱に入ったので引き上げると銭をつかんできた、それが盗みの始めであると書かれてある。金銭にしがみつく人間を例えてコガネムシともいう。日本では一般にコガネムシは珍重されなかった。ヒメコガネなどコガネムシ類を集め、干してニワトリの餌(えさ)にした地方もある』とある。
なお、本項は「本草綱目」の引用(実は同書でも独立項でなく、先の「𧒂螽」(本邦産はイナゴに同定)の附録にあるという場違いな出現法で示されてある。しかも良安のこれは、珍しくも、『金龜子 時珍曰、此亦吉丁之類、媚藥也。大如刀豆、頭面似鬼、其甲黑硬如龜狀、四足二角、身首皆如泥金裝成、蓋亦蠹蟲所化者。段公路「北戸錄」云、金龜子、甲蟲也。出嶺南。五、六月生草蔓上、大如楡莢。背如金貼、行則成雙。死則金色隨滅。故以養粉令人有媚也。』という部分をほぼ丸ごとそのまま引いている(良安の「本草綱目」の引用はそのままであることは実は稀であって、かなり恣意的に取捨選択したり、大胆に省略したりしており、時には大事な所をカットしてしまったために意味が通じなくなっていたり、誤った叙述に変形しているものさえある)。但し、原書では後にまだ二倍ほどの引用が続く)だけで、良安が評言を附さない点で特異点である。本邦にいない種ならばまだしも、これは甚だ不審ではある。
最後に。
以下は四年前に私がブログ記事としたことがあることである。
誰もが知っている野口雨情作詞で中山晋平作曲の童謡「黄金虫」があるが、近年、この「コガネムシ」は真正の「コガネムシ」ではなく、「チャバネゴキブリ」(オオゴキブリ亜目チャバネゴキブリ科チャバネゴキブリ亜科チャバネゴキブリ属チャバネゴキブリ Blattella germanica)だという説が出た。当初、それを読んだ時には「なるほど!」と膝を叩いたものだったが、やっぱりどうも、チャバネゴキブリでは、キモくて、絵本で絵にならないので、直に「しょぼん……」となり、憂鬱にもなった。ところが、そのすぐ後で、先に挙げた星野氏のブログの中の、「童謡『黄金虫』の謎」を読むや、「すっきり!」とし「快哉!」と思わず、叫んだのであった。それによれば、あの童謡「コガネムシ」とは前項の玉虫(鞘翅(コウチュウ)目多食(カブトムシ)亜目
Elateriformia 下目タマムシ上科タマムシ科
Buprestidae に属する種群。狭義にはタマムシ(ヤマトタマムシ)Chrysochroa fulgidissima)だったのである!
「吉丁蟲(たまむし)」前項参照。
「刀豆(なたまめ)」マメ目マメ科マメ亜科ナタマメ属ナタマメ Canavalia gladiata。ウィキの「ナタマメ」によれば、「鉈豆」とも書き、「刀豆」は「とうず」「たちまめ」(太刀豆)、「帯刀(たてはき)」とも呼ばれた。古くから『漢方薬として知られており、近年では健康食品、健康茶としても一般的に知られるようになった』。『アジアかアフリカの熱帯原産とされ、食用や薬用として栽培される。日本には江戸時代初頭に清から伝わった。特に薩摩では江戸時代は栽培が盛んで、NHK大河ドラマ『篤姫』のワンシーンでも長旅の無事を祈る餞別として送られていた』。『夏に白またはピンク色の花を咲かせる。実の鞘は非常に大きく』、三十~五十センチメートルほどになる、とある。
「蠹蟲(きくひむし)」現行の昆虫学では狭義には昆虫綱鞘翅(コウチュウ)目多食(カブトムシ)亜目 Cucujiformia 下目ゾウムシ上科キクイムシ科 Scolytidae に属する「木喰虫」を指すが、本書では既出で、そこでは木質部や紙を有意に食害する多食亜目ナガシンクイ上科シバンムシ科 Anobiidae に属する「死番虫」の仲間や書物を食害するとされた昆虫綱シミ目 Thysanura の「紙魚」(実際には顕在的な食害は認められないのが事実である)の仲間をも含んでいる語と踏んでいるが、ここはそれらの総称ではなく、それが「化する所の者なり」と言っている通り、所謂、土中のコガネムシ類の幼虫類を指していると考えるべきである。あまり知られていないが、コガネムシ類は幼虫も成虫も庭園の草木類や栽培果樹類の有意な食害虫である。
「草蔓〔(さうまん)〕」草本類や蔓性植物。
「雙〔(さう)〕を成し」雌雄で対を成し。摂餌で群がる性質をかく言ったか。
「死するときは、則ち、金の色、隨ひて滅す。故に粉を以つて養ひて、人をして媚〔(び)〕有らしむなり」「粉」は何の粉なのかは不明。ともかくも玉虫同様の媚薬(催淫或いは恋愛成就の呪(まじな)い)効果としてのそれは、この「金の色」にこそある、と考えていることが判る。だからこそ粉をもって飼って生かしておき、いざという時に、金色の失せぬうちに、服用するか、呪術に用いるということを述べているのであろう。]
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