ジョナサン・スイフト原作 原民喜譯 「ガリヴァー旅行記」(やぶちゃん自筆原稿復元版) 飛ぶ島(ラピュタ)(3) 「變てこな人たち」(Ⅲ) /「變てこな人たち」~了
私の服がみすぼらしいといふので、私の世話人が、翌朝、洋服屋を呼んで來ました。ところが〔、〕その洋服屋のやり方が、ヨーロッパの寸法の取り方とは、まるで違ふのでした。彼は定規とかコンパスで〔私の身躰をはかり、〕いろんな數學■〔學上のけい算〕を紙に書きとめました。〔■〕
〔■は〕〔そして服は〕六日目に出來上つて〔りま〕したが、その恰好はてんでなつていないのでした。なんでも計算の數字を間違へたのださうです。そ〔し〕かし、そんな間違はいつもあることで、誰も気にするものはないといふこと〔の〕で、私も少し安心しました。
私は病氣で五六日引き籠つてゐましたが、その間に〔、〕だいぶこの國の言葉を勉強しました。それでその次に宮廷へ行つた時には、国王のいふこともわかれば、〔私も〕いくらか返事をすることもできたのです。[やぶちゃん注:現行版はここで改行。]陛下は、〔この〕島を〔、〕北東東にに進ませて、ラガード(下の大地にあるこの国の首都)の上にもつてゆくよう〔、〕お命じになりました。ラガードは約九十リーグであるから、四百三十四キロ五百二十メートルとなる。]ほど離れてゐたので、この航空〔旅行〕には四日半かかりました。〔そして〕旅行中、この島が空中を進行してゐるやうな氣配はちよつとも感じられないのです。〔でした。〕三日目の朝、十一時頃、國王は自ら貴族、廷臣、役人どもを從へられ、それぞれ樂器の調子を整へると、それから三時間、休みなしに演奏されました。私はもう耳が聾になりさうでした。
[やぶちゃん注:「北東東にに」の「にに」はママ。衍字。また、現行版では最後の一文の頭には「騷々しくて、」が挿入されてある。
「ラガード(下の大地にあるこの国の首都)」この丸括弧内は、原稿では当初、丸括弧なしで、「ラガード」の前に書かれてあったものを、丸括弧を追加した上で「ラガード」の下に矢印で移行記号が書かれてある。校正記号のように全体が囲まれていないから、移行には丸括弧が生きる。
「約九十リーグ」以前に注した通り、「一リーグ」は「三マイル」で「約四・八二八キロメートル」であるから、四百三十四キロ五百二十メートルである。]
首都ラガードへ旅行〔く途〕中、陛下は〔、〕ところどころの町や村の上に〔、〕〔この〕島をとめるよう〔、〕お命じになりました。これは〔、〕それぞれ〔、〕人民の訴へごとを、おききになるためでした。小さい錘のついた紐が〔、〕〔この〕島からお〔おろ〕されると、下にゐる人民はそれに請願書〔手紙〕を括りつけます。そして〔そして〕紐は〔すぐ〕また吊上げられるのです〔ます〕。丁度、子供が凧の絲のはしに、紙片を結びつけるやうなものです。時には〔、〕下から〔持つてくる〕酒や食料を〔が〕〔、〕滑車で引上げられることもあります。
彼等の〔この國の人たちは、〕家の作りは〔方が〕非常に下手です。壁は歪み、どの室も直角になつてゐません。彼等は定規や鉛筆で〔する〕紙の上の仕事は大変もつともらしいのですが、實際のやりかたでは〔地にやらしてみると〕、この國の人間ぐらゐ下手で不器用な人間はゐません。ただ
〔彼等は〕 數樂と音樂 に〔は〕熱 中して、〔心ですが〕その〔ただ數學と音樂は別ですが、〕他のことが〔問題は→に〕まるで■〔駄目なのです。〕なると、これくらゐ、ものわかりの悪い、出鱈目な人間はゐ〔あり〕ません。理窟を言はせれば、さつぱり筋が通らないし、〔むやみに〕反対ばかりします。彼等の〔は〕頭〔のなかにも〕も心〔も〕も[やぶちゃん注:衍字。]、數學と音樂しかわからないのです。
[やぶちゃん注:推敲が混乱しているさまが見てとれるように示した。現行版ではここは、
*
この国の人たちは、家の作り方が非常に下手です。壁はゆがみ、どの室も直角になっていないのです。彼等は、定規や鉛筆でする紙の上の仕事は大へんもっともらしいのですが、実地にやらしてみると、この国の人間ぐらい、下手で不器用な人間はいません。彼等は数学と音楽には非常に熱心ですが、そのほかの問題になると、これくらい、ものわかりの悪い、でたらめな人間はありません。理窟を言わせれば、さっぱり筋が通らないし、むやみに反対ばかりします。彼等は頭も心も、数学と音楽しかわからないのです。
*
と整序されている。]
それにこの國の人たちは、いつも何か心配してゐるのです。〔て、〕で〔そのために心は〕一分間も心が
靜 落着てゐること〔心は安らかで〕〔は→が〕ないのですが、その不安の原因といふの 実は〔彼等〕〔その不安〕他の人間から見たら〔それはそれは〕何でもないことを心配してゐる〔わけな〕のです〔した→す〕。
[やぶちゃん注:「〔その不安〕」の挿入は生きているが、下と続かない。現行版は、
*
それに、この国の人たちは、いつも何か心配していて、そのために一分間も心は安らかでないのですが、他の人間から見たら、それは何でもないことを心配しているのでした。
*
となっている。]
その心配の種といふのは、天に何か変つたことが起きはすまいかといふことから〔です。〕です。たとえば〔、〕地球は絶えず太陽に向つて近づいてゐるのだから、今に吸込まれるか、呑み込まれてしまふだらう〔、〕とか、或〔あるひは〕〔、〕太陽の表面には〔、〕ガスがだんだんかたまつて來て〔、〕今に光がなくな〔地球を■らさ〕陽がささなくなる時が來はすま
いか〔るだらう〕〔、〕〔と〕〔、〕とか[やぶちゃん注:衍字の連続。]、この前の彗星の時は、地球は星の尻尾に撫でられないで助かつたが、今度、三十一年後に現れるはずの〔に〕彗星では〔が現れると、〕たぶん、われわれも〔、〕いよいよ滅亡〔する〕〔ぼされる〕だらう〔、〕とかいふ〔いふ心配なの→いふ〕のです。さうかと思へば〔、〕太陽は毎日光線を出してゐるので、やがては〔、〕蠟燭のやうに溶けて無くなるだらう、さうすると〔、〕地球も月もみんな無くなつてしまふだらう、などといふの〔心配〕でした。
[やぶちゃん注:この段落の頭は一字空けでないが、この部分が改頁となっている点、前の原稿14の加筆末尾から考えて、ここは改行と考えて一字空けを施した。なお、現行版も改行している。
「この前の彗星の時は、地球は星の尻尾に撫でられないで助かつたが、今度、三十一年後に彗星が現れると、たぶん、われわれも、いよいよ滅ぼされるだらう」これは思わずハレー彗星のことだろうと思ってしまう。ハレー彗星は約七十六年周期であるが、「ガリヴァー旅行記」の初版は一七二六年、その前のハレー彗星の接近は一六八二年九月十五日でスウィフトは一六六七年で十五歳、イギリスの天文学者エドモンド・ハレー(Edmond Halley 一六五六年~一七四二年)が“Synopsis Astronomia Cometicae”(「彗星天文学概論」)でハレー彗星の存在とその回帰性を主張し、再び一七五七年地球に接近するという予言を含めて発表したのは一七〇五年、実際の再来最接近はハレーの予言よりも二年ずれた一七五九年三月十三日であったが、ここで「ガリヴァー旅行記」の初版発行の一七二六年に三十一年足すと、一七五七年となることに気づく。これは確かにあのハレー彗星のことを言っているのである。]
彼等は朝から晩まで〔、〕こんなふうなことを考へて〔、〕ビクビクしてゐます。夜も〔、〕よく眠れないし、この世のたのしみを味はうともしないのです。朝、人にあつて、第一にする■〔挨〕拶は、[やぶちゃん注:「■」は「挨」の字を書こうとして気に入らず、書き直しただけと思われる。]
「日太陽の工合はどうでせう。日の入、日の出に、変りはございませんか」
「今度、彗星がやつて來たら〔、〕どうしたものでせうか」 助かなんとかして助かりたいものですな〔あ〕」
とこんなことを云ひ合ふのです。それは丁度、子供が幽靈やおばけの話が怖くて寢れないくせに聞きたがるやうな気持でした。
私は一月もたつと〔、〕この國の言葉がかなりうまくなりました。国王の前に出ても〔、〕質問は大概答へることができました。陛下は〔、〕私の見た國々の法律、政治、風俗などのことは少しも聞きたがりません。その質問といへば、數學のことばかりでした。私が申上げる説明を、時々〔、〕たたき役の助けをかりて聞かれ〔ながら〕、いかにも〔、〕つまんなさうな顏つきでゐられました。
[やぶちゃん注:この後の行間上罫外に「>」で「三章」とあるが、現行版にはない。]
私は〔、〕この島のいろいろ珍しいものを見せてもらひたいと〔、〕陛下にお願ひしました。早速、お許しが出て、私の先生が一緒に行つてくれることになりました。私はこの島の樣々の運動が何の原因によるものなのか、それが知りたかつたのです。
この飛島は〔、〕直徑約四マイル半の〔まん〕円い島なのです。面積は〔、〕一万エーカー、島の厚さは三百ヤードあります。一番〔島の一番〕底は滑らかな石の板になつてゐて、その上に、鑛物の層があり、そのまた上に土が蔽さつてゐます。
[やぶちゃん注:段落冒頭は一字下げがないが、空けた。
「四マイル半」七キロ二百四十二メートル弱。
「一万エーカー」六十・六四八平方キロメートル。
「三百ヤード」二百七十四・三二メートル。]
島の中心には〔、〕直徑五十ヤードばかりの裂け目が一つあります。ここから、天文學者たちが〔下り→洞穴(ほらあな)へ〕へ下りて行きます。それで天文學
[やぶちゃん注:「五十ヤード」四十五・七二メートル。]
〔その〕洞穴の中には〔、〕二十箇のランプが〔、〕いつもともつてゐます。そこには、望遠鏡や〔天体〕觀測器や〔、〕その他、天文學の器械が備なへてあります。
[やぶちゃん注:段落冒頭は一字下げがないが、空けた。]
この島の運命をつかさどつてゐるのは〔、〕一つの大きな磁石です。磁石のまんなかに心棒があつて、〔誰れでも〕、ぐるぐる𢌞すことが出來るやうになつてゐます。
この磁石の力によつて、島は〔、〕上つたり下つたり、一つ場所から〔、〕他の場所へ〔、〕動いたりするのです。〔つい〕
〔といふのは〕磁石の一方のはしは、〔島の〕下の領土に対して、とおざかる力をもち、もう一方のはしは、近寄らうとする力を■〔も〕つてゐます。[やぶちゃん注:現行版はここで改行する。]もし近寄らうとする力を下にすれば、島は下つてゆきます。〔その〕反対にすれば、島は上つてゆきます。斜にすれば、島は斜に動きます。〔そして〕磁石を土地〔面〕と水平にすれば、島はとまつてゐます。
[やぶちゃん注:抹消字「■」は恐らく「持」という漢字を書こうとして(てへん)だけを書いて消したものではないかと推定する。
「斜」は二箇所とも現行版では「斜め」と「め」を送っている。]
この磁石を預かつてゐるのは〔、〕天文學者たちで、彼等は王の命令で、時時、磁石を動かすのです。
[やぶちゃん注:現行版では「預かつてゐるのは」の箇所が「あずかっているのは」とおかしな表記になっている。不審。]
もし、〔この島の〕下の都市が謀
もし〔、下の〕都市が謀叛を起したり、税金を納めない場合には、国王は、その都市の眞上に〔、〕この島を持つて來ます。〔かう〕すると〔、〕下では陽もあたらず雨も降らないので〔、〕住民達は苦しんでしまひます。[やぶちゃん注:改行記号らしきものがあるので、改行した。現行版は以下が続いている。]
また、場合によつては、下の都市に〔上からどしどし〕大石を〔都市めがけて〕落します。これには〔かうされては、〕住民たちは、地下室に引込んでゐるよりほかはありません。それにも
だが、それでもまだ王の命令にしたがはないと、最後の手段■〔を〕取ります。それは〔この〕島を彼等のま〔まうへから→頭のまうへに〕うへに、ぢかにおとしてしまふのです。かうすれば家も人もなにもかも一ぺんに潰されてしまひます。[やぶちゃん注:現行版はここで改行。]しかしこれはよくよくの場合で、〔滅多に〕こんなことになる
せん。〔はしま→はなりません。〕[やぶちゃん注:ここで最初は改行し、「 それは
この〔島を〕この都市」と書いて以上のように結果的に全抹消し、以下を改行せずに前に続けて書き足している。]王もこのやり方は喜んでゐません。それにもう一つ、これには困ることがあるのです。つまり都市■には高い塔や柱などが立ちならんでゐるので、その上に島をおとすと、島の底の石が割れるおそれがあります。もし底の石が割れたりすると、磁石の力も〔が〕なくなつて、忽ち島は地上に落つこちてしまふことをです。
[やぶちゃん注:最後の一文は現行版では、『もし底の石が割れたりすると、磁石の力がなくなって、たちまち島は地上に落っこちてしまうことになるのです。』である。]
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