老媼茶話 茅亭客話(虎の災難)
茅亭客話
虎、酒に醉たる人を傷(やぶ)らす。
この頃、ひとりの村夫、有リ。市に出て醉(ゑひ)て歸るとて、きしに望みて醉(ゑひ)ふしたり。虎あり、來つて、是をかぐ。とらの髭、たまたま、醉てふしたるものゝはなのうちへ入る。醉(ゑふ)者、大きに噴嚔(フンテイ/クサメ)す。虎、思ひかけされは、おとろきて、ふみはつし、岸より落(おち)て死ゝけり、となり。
[やぶちゃん注:「茅亭客話」(ぼうていかくわ)は、黄休復なる人物が、五代から宋の初め頃にかけての四川の出来事を記したもので、全十巻。以上は、同書の巻八の掉尾にある以下の「李吹口」の最後の部分(下線太字で示した)である。
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永康軍太平興國中虎暴失蹤、誤入市。市人千餘叫譟逐之。虎爲人逼弭耳、矚目而坐、或一怒則跳身咆哮。市人皆顛沛。長吏追善捕獵者。李吹口失其名、衆雲李吹口至矣、虎聞忙然竄入市屋下匿身。李遂以戟刺之、仍以短刃刺虎心、前取血升餘、飲之。休復雍熙二年成都遇李、因問、「向來飲虎血何也。」。李云、「飮其血以壯吾誌也。」。又云、「虎有威、如乙字、長三寸許、在脅兩傍皮下。取得佩之、臨官而能威衆、無官、佩之無憎疾者。凡虎視隻以一目放光、一目看物。獵人捕得、記其頭藉之處、須至月黑、掘之尺餘、方得如石子色琥珀狀、此是虎目精魄、淪入地而成。「琥珀」之稱因此、主療小兒驚癇之疾。凡虎鬚拔得者將劄蚛牙、無復疼痛。凡虎傷者、人衣服器杖乃至巾鞋皆摺疊置於地上、倮而復僵。蓋虎能役使所殺者人魂也。凡爲虎傷死及溺水死者、魂曰倀鬼。凡月暈虎必交也。凡虎食狗必醉。狗、虎之酒也。凡虎不傷醉人頭。有一村夫入市醉歸、臨崖而睡、有虎來嗅之、虎鬚偶入醉者鼻中、醉者大噴啑、其聲且震、虎驚躍落崖而斃。此事皆聞李吹口者。
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この直前部、「犬を喰らうと虎は必ず酔う。犬は、虎にとっての酒である」とあるのが面白い。
「傷(やぶ)らす」「傷らず」で、傷つけることはない、の意である。原文を見よ。]