和漢三才圖會卷第五十三 蟲部 金鐘蟲(すずむし)
すゝむし 金鐘蟲
月鈴兒
金鐘蟲
【俗云鈴蟲】
△按此亦蟋蟀之類眞黒似松蟲而首小尻大脊窄腹黃
白色夜鳴聲如振鈴言里里林里里林其優美不劣於
松蟲
【夫木】 振立てならし㒵にて聞ゆなる神樂の𦊆の鈴虫のこゑ 範光
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すゞむし 金鐘蟲
月鈴兒
金鐘蟲
【俗に「鈴蟲」と云ふ。】
△按ずるに、此れも亦、蟋蟀(こほろぎ)の類。眞黒なり。松蟲に似て、首、小さく、尻、大きく、脊、窄(すぼ)く、腹、黃白色なり。夜鳴く聲、鈴を振るがごとく、「里里林〔(りりりん)〕、里里林」と言ふ。其の優美(やさし)さ、松蟲に劣らず。
【「夫木」】 振り立〔て〕てならし㒵〔(かほ)〕にぞ聞ゆなる神樂〔(かぐら)〕の𦊆〔(をか)〕の鈴虫のこゑ 範光
[やぶちゃん注:和歌の上句中七は原典は前の通り、「ならし㒵にて」であるが、「夫木和歌抄」(「巻十四」の「秋五」)を調べると、「に」ではなく「ぞ」が正しいので、訓読文では特異的に訂した。]
[やぶちゃん注:直翅(バッタ)目剣弁(キリギリス)亜目コオロギ科 Homoeogryllus 属スズムシ Homoeogryllus japonicus。
コオロギ上科コオロギ科 Xenogryllus 属マツムシ
Xenogryllus marmoratus との逆転説についてはこれを私は採らない。詳細は前項「松蟲」の私の冒頭注を必ず参照されたい。
「窄(すぼ)く」すぼまって細い。先の方に向かって細くなっているさま。
「腹、黃白色なり」スズムシの翅の下の腹部の上面は黄白色に見える。
「振り立ててならし㒵〔(かほ)〕にぞ聞ゆなる神樂〔(かぐら)〕の𦊆〔(をか)〕の鈴虫のこゑ」読み易く整序すると、
振り立ててならし顏にぞ聞こゆなる神樂の岡の鈴蟲の聲
で、「神樂〔(かぐら)〕の𦊆〔(をか)〕」は地名で神楽岡(かぐらおか)。京都市左京区南部の、吉田神社の東方直近にある吉田山(標高百五メートル)の古称である。ここ(グーグル・マップ・データ)。「ならし顏」というのは恐らく「狎(馴・慣)らし顏」で、「狎れ過ぎて相手を侮る・横柄になる」の意の「ならす」を形容詞風にして顏と結合させた名詞で、鈴虫が沢山、遠慮せずに五月蠅い程に(これ見よ(聴け)勝ちに)鳴き立てている様子を指しているものと私は読む。さらにこの歌、「振り立てて」「ならし」(鳴らし)「聞こゆ」「神樂」「鈴」が縁語である上に、「鈴蟲」の「鈴」を山名の「神樂」から実際の神楽舞(かぐらまい)を舞う際に巫女が手に持って振り鳴らす巫女「鈴」・神楽「鈴」に掛けてもあるのであろう。但し、技巧に過ぎていい感じはしない。
「範光」藤原範光(仁平四(一一五四)年~建暦三(一二一三)年)は公卿。従二位権中納言・民部卿・東宮権大夫。]