和漢三才圖會卷第五十三 蟲部 叩頭蟲(こめふみむし)
こめふみむし 叩頭蟲
【和名沼加
豆木無之】
【俗云米踏】
叩頭蟲
ぬかつきむし
本綱蟲大如斑蝥而黒色按後則叩頭有聲能入人耳灌
以生油則出又云咒令叩頭又令吐血皆從所教殺之
不祥佩之令人媚愛
△按狀如吉丁蟲而小純黒頸下背上有折界毎點頭作
聲音如言保知保知其貌似踏碓者故俗曰米踏蟲如
仰之輒乍跳反俛飛則甲擴翅開翅下黃赤色也額突
者稽首也低頭形似稽首故名之
*
こめふみむし 叩頭蟲〔(こうとうちゆう)〕
【和名、「沼加豆木無之〔(ぬかづきむし)〕。】
【俗に「米踏」と云ふ。】
叩頭蟲
ぬかつきむし
「本綱」、蟲の大いさ、斑蝥のごとくにして、黒色。後〔(しり)〕へを按〔(お)〕せば、則ち、頭を叩く聲有りて、能く人の耳に入る。灌〔(そそ)〕ぐに生油を以つてすれば、則ち、出づ。又、云はく、咒して頭を叩かしめ、又、血を吐かせしむ。皆、教ふる所に從ふ。之れを殺せば、不祥なり。之れを佩〔(お)〕ぶれば人をして媚愛(かはゆ)からしむ。。
△按ずるに、狀、吉丁蟲(たまむし)のごとくにして、小さく、純黒。頸の下・背の上に折界(をれめ)有り。毎〔(つね)〕に點頭(うちうなづ)いて聲を作〔(な)〕す。音、「保知保知〔(ぽちぽち)〕」と言ふがごとし。其の貌〔(かたち)〕、碓(からうす)を踏む者に似たり。故に、俗、「米踏蟲」と曰ふ。如〔(も)〕し之れを仰(あふのけにす)れば、輒〔(すなは)〕ち、乍〔(たちま)〕ち跳び反〔(かへ)り〕て俛(うつむ)く。飛ぶときは、則ち、甲、擴(ひろ)げ、翅、開く。翅の下、黃赤色なり。額突(ぬかづき)とは稽首〔(けいしゆ)〕なり。頭を低(たる)ゝ形、稽首に似たる故、之れ、名づく。
[やぶちゃん注:オノマトペイア「保知保知〔(ぽちぽち)〕」の部分は原典では二箇所の「保」の右上に破裂音記号のような「◦」が打たれているだけであるが、以上のように読みを振った。なお、東洋文庫訳でも『ぽちぽち』と振っている。]
[やぶちゃん注:鞘翅(コウチュウ)目多食(カブトムシ)亜目コメツキムシ上科コメツキムシ科 Elateridae に属するもので、仰向けにすると、自ら跳ねて元に戻る能力を有する小型の甲虫の総称(但し、以下に記すように、そうした行動をあまりとらない種もいるようである)であって、和名を単に「コメツキムシ」とする種は存在しない。現在の和称は米を搗く動作に似ていると見たことに由来する。ウィキの「コメツキムシ」によれば、『コメツキムシには普段は草や低木の上などに住む種が多い。石の下に住むものもいる。天敵に見つかると足をすくめて偽死行動をとる(世に言う「死んだふり」)。その状態で、平らな場所で仰向けにしておくと跳びはね、腹を下にした姿勢に戻ることができる。(胸-腹の関節を曲げ、胸を地面にたたきつけると誤解されるが、頭-胸を振り上げている。地面に置かず手に持つことで確認できる』。『この時はっきりとパチンという音を立てる。英語名の Click beetle はクリック音を出す甲虫を意味する』。『天敵などの攻撃を受けてすぐに飛び跳ねる場合もある。これは音と飛び跳ねることによって威嚇していると考えられている。この行動をとらないコメツキムシ科の種も存在する』とある。各属はリンク先を参照されたい。
なお、御存じの通り、清少納言も、かの「枕草子」の「虫尽くし」の章段で、
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額(ぬか)づき虫、また、あはれなり。さる心地(ここち)に道心(だうしん)起して、つきありくらむよ。思ひかけず、暗き所などに、ほとめき步(あり)きたるこそ、をかしけれ。
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と綴っている。私は虫嫌いであるが、このルナールの「博物誌」的記載には強く共感する(リンク先は私の古い仕儀である岸田国士訳の附原文+やぶちゃん補注版)。
「斑蝥」ここは「本草綱目」の記載あるから、現行、本邦で呼ぶ真正の「ハンミョウ」類ではなく、鞘翅(コウチュウ)目Cucujiformia 下目ゴミムシダマシ上科ツチハンミョウ科 Meloidae に属するツチハンミョウ(土斑猫)類である。有毒昆虫として、またハナバチ類(膜翅(ハチ)目細腰(ハチ亜)目ミツバチ上科 Apoidea に属するハナバチ(Anthophila)の類)の巣に寄生する特異な習性を持つ昆虫類で、ツチハンミョウ亜科Meloe属マルクビツチハンミョウ Meloe
corvinusなどが知られる。触ると偽死をして、この際、脚の関節から黄色い液体を分泌する。この液には毒成分カンタリジン(cantharidin)が含まれる。カンタリジンはエーテル・テルペノイドに分類される有機化合物の一種で、カルボン酸無水物を含む構造を持つ毒物であり、含有する昆虫が属する鞘翅目多食(カブトムシ)亜目ホタル上科ジョウカイボン(浄海坊:平清盛の出家名に由来するという)科(Cantharidae)に因んで命名され、一八一〇年に初めて単離された。昇華性がある結晶で、水には殆んど溶けず、皮膚に附着すると痛みを感じ、水疱が生じる。中国では暗殺に用いられたともされる。一方で、微量を漢方薬としても用い、イボ取り・膿出しなどの外用薬や、利尿剤などの内服薬とされた歴史がある本邦に棲息するツチハンミョウ科ツチハンミョウ亜科マメハンミョウ族マメハンミョウ属マメハンミョウ
Epicauta gorhamiもカンタリジンを持ち、その毒は忍者も利用したとされ、ツチハンミョウ・ジョウカイボン類の他、鞘翅目多食(カブトムシ)亜目ゴミムシダマシ上科カミキリモドキ科Oedemeridaeのカミキリモドキ類・多食(カブトムシ)亜目アリモドキ科 Anthicidae のアリモドキ類・多食(カブトムシ)亜目ハネカクシ下目ハネカクシ上科ハネカクシ科 Staphylinidaeハネカクシ類などの甲虫類が分泌する体液に含まれ、本邦での事故は夜間に灯火に飛来する甲虫目カミキリモドキ科ナガカミキリモドキ属アオカミキリモドキ Xanthochroa waterhousei による水疱性皮膚炎による事故が多い。ヨーロッパに分布するゴミムシダマシ上科ツチハンミョウ科ツチハンミョウ亜科 Lyttini 族ミドリゲンセイ属スパニッシュフライ Lytta vesicatoria は乾燥した虫体を服用すると、含まれているカンタリジンが尿中に排泄される過程で、尿道附近の血管を拡張させて充血を引き起こし、これが性的興奮に似ることから、西洋では古くから催淫剤として用いられてきた歴史があり、「スパニッシュフライ」はそうした媚薬(及び暗殺事件及び自殺事件の毒物)としても、その名をよく見かける(先行する「斑猫」を参照。ここではそのハンミョウに形が似ていると言っているだけなのであるが、私は、どうもそれは、加えて別な意味を持っているとも読むのである。後注参照)。
「後〔(しり)〕へを按〔お)〕せば、則ち、頭を叩く聲有りて、能く人の耳に入る。灌〔(そそ)〕ぐに生油を以つてすれば、則ち、出づ」この部分、東洋文庫訳は『後(しりえ)をおさえれば頭を上下させてぬかずく。鳴き声は人の耳に聞こえる。生油をそそぐと出てくる』とするのだが、これはおかしくはないか? 「灌〔(そそ)〕ぐに生油を以つてすれば、則ち、出づ」というのが、この訳では続かないからである。これ、小学生が考えても、虫が耳の中に入り込んでしまったのを、油を注いで引き出すという療法を述べているとしか私には読めない。コメツキムシが耳の中に入るのはヘンだってか? おう! それじゃ、私の訳注「耳囊 卷之四 耳へ虫の入りし事」を読んでもらおうじゃあねえか! どうでぇい!
「咒〔(じゆ)〕して頭を叩かしめ、又、血を吐かせしむ」「咒して」は呪文を唱えて。ここ、よく判らないが、或いはこれも、耳にコメツキムシが入った時の、中国の民間療法の別処方なのではあるまいか? コメツキムシを耳から追い出す呪文があり、それを咒した後に耳にコメツキムシの入った者の頭を叩かせる、すると、耳から出血(人間の方の、である)が起こり、その血と一緒にコメツキムシが耳から出てくるというのではないか? やや私の都合のよい訳し方のようにも見えるが、そうしないと、またしてもあとが続かないからである。ここも東洋文庫はコメツキムシを主語(主体)として訳しており、『咒文(じゅもん)を唱えて頭を叩(ぬかず)かせ、また血を吐かせる』とあるだけで、呪文によって米搗き運動をやらせて、コメツキムシに血を吐かせるというのだ。何だ? この悪戯は?! では、この訳者に聞きたい。コメツキムシが血を吐いたら死ぬ危険はないか? 死ぬだろう! だのに直後に「之れを殺せば、不祥なり」とあるのはなんだ?! 是非ともお答え戴きたい!!!
「皆、教ふる所に從ふ」民間ではコメツキムシが耳に入った場合の処方としては、この孰れかに従がうの意で採る。何故なら、殺して取り出すのは「不祥」だからさ!
「之れを佩〔(お)〕ぶれば、人をして、媚愛(かはゆ)からしむ」これは、或いは先に形状が「斑蝥」(ツチハンミョウ科 Meloidae に属するツチハンミョウ(土斑猫)類)に似ていることからの類感呪術ではないか? 則ち、カンタリジンの媚薬効果を持つそれに似ているから、このコメツキムシにも催淫・媚薬的呪力があると考えられたという私の解釈である。そうでなければ、もっと即物的に考えてもいいぞぅ! コメツキムシのバッキンバッキンという運動を男根の勃起運動に擬えたというのも一興じゃて! さても、私の猥雑なる解釈、大方の御叱正を俟つものではある。
「吉丁蟲(たまむし)」前の同項を参照されたい。
「折界(をれめ)」折れ目。
「碓(からうす)」搗き臼の一種である唐臼(からうす)。ウィキの「唐臼」によれば、『臼は地面に固定し、杵をシーソーのような機構の一方につけ、足で片側を踏んで放せば、杵が落下して臼の中の穀物を搗く。米や麦、豆など穀物の脱穀に使用した。踏み臼ともいう』。
「輒〔(すなは)〕ち、乍〔(たちま)〕ち」後者も「すなはち」と訓読出来るが、かく読んでおいた。]
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