和漢三才圖會卷第五十四 濕生類 鼓蟲(まひまひむし(みずすまし))
まひまひむし 鼓母蟲
【俗云末比
末比無之】
鼓蟲
【又云古末
比無之】
スウ チヨン
本綱鼓蟲【有毒】正黒如大豆浮遊水上也人中射工毒有
用鼓蟲一枚口中含之便差已死亦活【射工乃蜮也】
△按鼓蟲處處池中多有之常旋游周二三尺爲輪形正
黒色似螢離水則飛
*
まひまひむし 鼓母蟲〔(しもちゆう)〕
【俗に「末比末比無之」と云ふ。】
鼓蟲
【又、「古末比無之(こまひむし)」と云ふ。】
スウ チヨン
「本綱」、鼓蟲【毒、有り。】、正黒にして大豆のごとく、水上に浮遊す。人、射工の毒に中〔(あた)〕る有る〔とき〕、鼓蟲一枚を用ひて、口中に之れを含めば、便ち、差〔(い)〕ゆ。已に死するも、亦、活(い)く【射工は乃〔(すなは)〕ち、「蜮〔(こく)〕」なり。】。
△按ずるに、鼓蟲、處處の池中に多く、之れ、有り。常に旋游し、周〔(わた)〕り二、三尺、輪の形を爲す。正黒色、螢に似たり。水を離るるときは、則ち、飛ぶ。
[やぶちゃん注:鞘翅(コウチュウ)目 Coleoptera 飽食(オサムシ)亜目 Adephagaオサムシ上科 Caraboidea ミズスマシ科 Gyrinidae のミズスマシ類。「水澄まし」を正統に名にし負い、我々が普通に見るのは、ミズスマシ科 Gyrinus 属ミズスマシ Gyrinus japonicus で、北海道・本州・四国・九州,朝鮮,台湾に分布する。体長は七ミリメートル内外と小さい。体は楕円形を成し、背面は隆起するが、腹面は平ら。全体が黒色を呈し、背面には強い光沢を持つ。前肢は長く、獲物を捕捉して保持するのに適している以外に、雄では跗節が広がり、吸盤を持っている。中・後肢は櫂状で短く、水面歩行に適している(先のアメンボ類が六脚の先で水面に立ち上がるように有意に浮いて運動するのに対し、ミズスマシ類は水面に腹這いになって浮いて運動する。因みに、アメンボは幼虫も水面で生活するが、ミズスマシの幼虫は水中で生活する)。複眼が上下に二分している点(水中・水上とも同時に見えるように、それぞれ背側・腹側に仕切られてある)も水面生活に適応した結果である。触角は非常に短く、第二節は大きく特異な形状を成す。池沼や小川などに棲息し、水面を高速で旋回して小動物を捕食する。なお、ミズスマシ科 Gyrinidaeは、その総てが肉食性である。ミズスマシ類は世界に広く分布し、約七百種が知られているが、日本では三属十七種類ほど。中でも南西諸島に分布するDineutus属オキナワオオミズスマシ Dineutus mellyi は体長が二センチメートルに達し、世界最大級のミズスマシとされる。九州以北での最大種は体長一センチメートルほどになる同属のオオミズスマシDineutus
orientalisである(以上はブリタニカ国際大百科事典の記載とウィキの「ミズスマシ科」その他マヌキアン氏の「動物写真のホームページ」のミズスマシの記載ページに拠った)。荒俣宏氏の「世界大博物図鑑 1 蟲類」の「ミズスマシ」の項によれば、学名の Gyrinus 属の「ギリヌス」とはギリシア語の「環」を意味する“gyros”或いは「オタマジャクシ」を指す“gyrinos”に由来するとあり、和名の「水澄まし」は一説では「水を澄ます虫」(水が清くなって透き通るようにさせる虫)を表わすと言われるとあり(丸括弧内は私の補足)、『水面を旋回する姿が』、『水が澄むのを念じているまじない師のように見えるからだという』ともある。但し、他に、『水面につむじ風をおこす虫という意味で』「みずつむじ」『を語源とする説もある』と記しておられ、『まおミズスマシは古くからアメンボの異名ともされ』、『とくに俳諧では〈水馬〉と書いてミズスマシと訓をあてる』ともある。
「射工」「蜮」先行する独立項「蜮」の本文及び私の考証を参照されたい。
「鼓蟲一枚を用ひて、口中に之れを含めば、便ち、差〔(い)〕ゆ」「差」は「癒」に同じい。「瘥」とも書く。荒俣氏の前掲書には『喉が渇いて尿が通じない場合には』、『ミズスマシを生きたまま』三~四匹、『水で吞みこむと治るという』とあり、九州地方の民間療法では、『熱病の』際、『生のミズスマシを酒に浮かべて飲む習慣もあ』り、『さらに黒焼きじゃ小児のよだれ止め』として、また、ミズスマシの『糞町は風邪薬とされる』ともある。
「已に死するも、亦、活(い)く」これは東洋文庫訳では「射工」「蜮」の毒を受けて仮死状態になった患者でも、この処置を受ければ、息を吹き返す、というような意味合いで訳してある。
「水を離るるときは、則ち、飛ぶ」ミズスマシの成虫は水面を滑走しながら翅を開いて飛ぶことも出来、現在の水場から別な水域へも飛翔することが可能である。]
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