トゥルゲーネフ「散文詩」全篇 神西清個人訳(第一次改訳) ふた兒
ふた兒
ふた兒の口爭ひを見た。二人の顏だちと言ひ、表情と言ひ、髮の色、身の丈から體格に至るまで、瓜二つだつたが、それでゐて心の底から憎み合つてゐた。
忿怒に顰める顏附も同じだつた。火の樣に憤(いき)り立つて突き合せる顏も、不思議なほど似てゐた。ぎらぎらと睨み合ふ眼附も同じ、意地惡く引歪めた唇の形も、それを衝く悪罵の聲も文句も、矢張り少しも違はなかつた。
終に堪へ兼ねた私は その一人の腕を取つて、鏡の前に立たせて言つた、「さあ、この鏡を相手に惡口を言ひたまへ。君にして見れば、どの途同じことだらうから。けれど、傍の者には、まだしもその方が氣が樂だ。」
一八七八年二月
[やぶちゃん注:一九五八年岩波文庫刊の神西清・池田健太郎訳「散文詩」版にはこの中山版の挿絵はない。]
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