トゥルゲーネフ「散文詩」全篇 神西清個人訳(第一次改訳) 二人の富者
二人の富者
富者ロスチャイルドが、その莫大な收入の中から何萬と知れぬ額をさいて、育英だの醫療だの養老だのの事業に投じるのに對する、人々の讃辭を耳にするとき、私もいつしよに感動し讃美する。
感動し讃美しながらもわたしは、曾て寄邊ない孤兒になつた姪をそのあばら屋に引き取つた、ある貧乏な百姓夫婦のことを忘れることができない。
「カーチェンカを引取るとなると」婆さんが言つた、「一文のこらず彼女(あれ)にかかつて、スープに入れる鹽も買へますまいよ。」
「なあに、さうなつたら、鹽氣のないのにするさ」と爺さんは答へた。
ロスチャイルドだつて、この爺さんには及びもつかない。
一八七八年六月
[やぶちゃん注:「ロスチャイルド」既出既注。]
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