和漢三才圖會卷第五十四 濕生類 蜮(いさごむし) 附 鬼彈
いさごむし 射工 射影
水弩 抱槍
水狐 短狐
蜮【音或】
溪鬼蟲。含沙
フヲツ
本綱蜮出山林間長二三寸廣寸許形扁前濶後狹似蟬
狀腹軟背硬如鱉負甲黒色六七月甲下有翅能飛作鉍
鉍聲濶頭尖喙有二骨眼其頭目醜黒如狐如鬼喙頭有
尖角如爪長一二分有六足如蟹足二足有喙下大而一
爪四足有腹下小而岐爪或時雙屈前足抱拱其喙正如
橫弩上矢之狀冬則蟄於谷間所居之處大雪不積氣起
如蒸掘下一尺可得此物足角如弩以氣爲矢因水勢含
沙以射人影成病急不治則殺人是淫婦惑亂氣所生也
所中其毒者取鼓蟲一枚口中含之便愈已死亦活蟾蜍
鴛鴦能食射工鵞鴨辟射工故鵞飛則蜮沈
鬼彈
南中志云永昌郡有禁水惟十一二月可渡餘月則殺人
其氣有惡物作聲不見其形中人則青爛名曰鬼彈乃溪
毒之類
*
いさごむし 射工
射影
水弩〔(すいど)〕
抱槍
水狐
短狐
蜮【音、「或〔(コク)〕」。】
溪鬼蟲
含沙
フヲツ
「本綱」、蜮は山林の間に出づ。長さ、二、三寸、廣さ寸許り。形、扁く、前、濶〔(ひろ)〕く、後、狹く、蟬の狀〔(かたち)〕に似る。腹、軟にして、背、硬く、鱉〔(すつぽん)〕のごとし。甲を負ふ。黒色。六、七月、甲の下に翅〔(つば)〕さ有りて、能く飛びて、「鉍鉍〔(ひつひつ)〕」の聲を作〔(な)〕す。濶〔(ひろ)〕き頭、尖りたる喙〔(くちばし)〕、二つの骨眼、有り。其の頭・目、醜(みにく)く、黒くして、狐のごとく、鬼のごとく、喙の頭に、尖りたる角、有り、爪(つめ)のごとく、長さ、一、二分。六足、有りて、蟹の足ごとく、二つの足は喙の下に有りて、大にして一つ爪〔たり〕。四つの足は腹の下に有り、小にして岐ある爪〔たり〕。或る時には、前足を雙(なら)べ屈(かゞ)みて、其の喙を抱-拱(だ〔き〕かゝ)へて正に橫たはる弩の上に矢の狀のごとし。冬は則ち、谷の間に蟄(すごも)り、居〔(を)〕る所の處〔(ところ)〕に、大雪、積もらず。氣、起こること、蒸(む)すがごとし。掘り下すこと一尺にして得べし。此の物、足・角、弩のごとく、氣を以つて矢と爲し、水勢に因りて、沙を含み、以つて、人影を射て、病ひと成る。急〔(ただち)〕に治せざれば、則ち、人を殺す。是れ、淫婦惑亂の氣より生ずる所なり。其の毒に中〔(あ)〕てらる者、鼓蟲(まいまいむし)一枚を取りて、口中に之れを含めば、便ち、愈ゆ。已に死するも、亦、活す。蟾蜍〔(ひきがへる)〕・鴛鴦(をしどり)、能く射工を食ふ。鵞〔がてう〕・鴨〔(かも)〕、射工を辟〔(さ)〕く。故に、鵞、飛ぶときは、則ち、蜮、沈む。
鬼彈(きだん)
「南中志」晋の常璩(じょうきょ)撰。云はく、『永昌郡に、禁水、有り。惟だ十一、〔十〕二月に渡るべし。餘月は、則ち、人を殺す。其の氣、惡物〔(あくもつ)〕有り。聲を作(な)して其の形を見ず。人に中〔(あた)〕れば、則ち、青く爛(たゞ)る。名づけて「鬼彈」と曰〔(い)〕ふ。乃ち、溪毒の類ひ〔なり〕。』〔と〕。
[やぶちゃん注:大修館書店「廣漢和辭典」を引くと、「蜮」には『①いさごむし。想像上の動物。形は亀に似て三足。水中に住み』、『砂を含んで人に吹きかけ、害を与えるという。射工。射影』とする。以下、『②まどわす』・『③はくいむし。苗の葉を食う虫』・『④がま(蝦蟇)』・『⑤ふくろうの一種』などを主意とし、ネット上でも、水中に棲息していて人に危害を与えるとされる伝説上の怪物とするばかりであるが、私は姿が見えないこと、水中や蒸すような湿気の高い比較的高温の場所(本文)に住むとすること、その飛翔する虫の咬傷法は弓矢で射る(刺す)ことであること、刺された場合、治療しないと死に至るという点から、何らかの風土病、吸血性動物を中間宿主とする寄生虫症をずっと以前から疑ってきている。以前はツツガムシ病を深く疑っていたのであるが、悪化した病態が判然としないことや、何より、次の独立項の「沙虱(すなじらみ)」の方がそれに相応しいことなどから、ここではそれを比定候補としては出さない。但し、種々の人体寄生虫症、卵や幼虫・成虫の経口感染のみならず、皮膚から直接侵入するタイプのフィラリア症、及び、日和見感染でも重篤な症状を引き起こす他生物の寄生虫の感染症などを含むものが、この「蜮に射られる」ことの正体なのではないかという思いは殆んど確信的に、ある。今回、幾つかのネット記載を見た中で、目が止まったのは、柳小明氏の「中国崑崙山の仙人(21) 蜮」である。ここに出る(但し、年齢五百歳の平先生という仙人の話というところが、かなり気になるのだが)「蜮」は明らかに回虫(或いは回虫そのもの。多量に寄生した場合は、本邦でも江戸時代に、「逆虫(さかむし)」と称して口から回虫を吐き出すケースがままあった)である。今少し、探索を続けたい。
「水弩〔(すいど)〕」「弩」は訓ずるならば、「おほゆみ(おおゆみ)」(大弓)で「弩」は横倒しにした弓(「翼」と称する)に弦を張り、木製の台座(「臂」或いは「身」と称する)の上に矢を置いて引き金(「懸刀」と称する)を引くことによって、矢や石などを発射する中国古来の武器である。「蜮」の身体形状(しかし、ですよ、人間には見えんはずやのに、何でこないに細かく多くの本草書に形状が書かれておるんか? ようわからんわ)が、ややこの弩(おおゆみ)の形に似ていること)「前足を雙(なら)べ屈(かゞ)みて、其の喙を抱-拱(だ〔き〕かゝ)へて正に橫たはる弩の上に矢の狀のごとし」)、及び、実際にその虫が毒気をその矢と紛う嘴(くちばし)から吹いて人を射ること、射られると放置しておくと死に至ることから、この別名を持つことが判る。
「鉍鉍〔(ひつひつ)〕」鳴き声のオノマトペイア。しかし、クドイが、姿が見えんのに、何で、「蜮」の声やて断定出来るん? わけわからん。
「骨眼」このような熟語は初見。一応、「こつがん」と読んでおくが、これは眼のように見える外骨格か、有意に盛り上がった目玉模様にクチクラ層(もしこれが節足動物であったとすれば、である)ではないでしょうか?
「一つ爪〔たり〕」突起状の単独の爪のような体節であることを言う。
「岐ある爪〔たり〕」まさに蟹の鉗脚のようであることを言う。
「大雪、積もらず」本虫が湿熱を持つことを意味している。
「淫婦惑亂の氣より生ずる所なり」何をかいわんや、である。化生説ならまだ許せるが、これは、ちょっと阿呆臭くて、全く、いただけないね。
「鼓蟲(まいまいむし)」カタツムリ。
「鵞〔がてう〕」東洋文庫は『とうがん』とルビするが、「トウガン」なる鳥の和名を私は知らない。識者の御教授を乞う。
「射工を辟〔(さ)〕く」この場合は「故に、鵞、飛ぶときは、則ち、蜮、沈む」とあるから、射工(蜮)が鵞鳥や鴨を嫌って避けるの意。
「鬼彈(きだん)」「捜神記」の「巻十二」に載る。前に「蜮」の記事も載るので、一緒に引く。
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漢光武中平中【註 中平當爲中元、因光武無中平年號。或光武爲靈帝之誤。】、有物處於江水、其名曰「蜮」、一曰「短狐」。能含沙射人。所中者、則身體筋急、頭痛、發熱。劇者至死。江人以術方抑之、則得沙石於肉中。詩所謂「爲鬼、爲蜮」、則不可測也。今俗謂之「溪毒」。先儒以爲男女同川而浴、淫女、爲主亂氣所生也。
漢、永昌郡不韋縣、有禁水。水有毒氣、唯十一月、十二月差可渡涉、自正月至十月不可渡。渡輒病殺人、其氣中有惡物、不見其形、其似有聲。如有所投擊内中木、則折。中人、則害。士俗號爲「鬼彈」。故郡有罪人、徙之禁防、不過十日、皆死。
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「南中志」三五五年に東晋の常璩(じょうきょ)によって編纂された華陽(巴・蜀・漢中)の地誌「華陽国志」の中の巻四。
「永昌郡」雲南省西部。この中央付近か(グーグル・マップ・データ)。
「禁水」この鬼弾の害があるために、以下の二ヶ月を除いて、水に入ることが禁じられていたと採る。
「十一、〔十〕二月」原典は「十一-二月」とする。東洋文庫の訳に従っ後半を十二月と採った。
「青く爛(たゞ)る」症状であるが、これでは如何ともし難い。]
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