トゥルゲーネフ「散文詩」全篇 神西清個人訳(第一次改訳) 私は憐れむ
私は憐れむ
私は憐れむ、自らを、他人を、あらゆる人を、鳥を、獸を、生きとし生けるものを。
私は憐れむ、子供を、老人を、不幸な者を、幸福者を。不幸な者にもまして幸福者を。
私は憐れむ、戰勝に誇る隊長を、偉大なる畫家を、詩人を、思想家を。
私は憐れむ、殺人者を、その犧牲を、醜きを、美しきを、壓制者を、虐げられし者を。
どうしたら、この哀憐を去れよう。そのため、生きる心地もない。……哀憐の上に、倦怠までが襲ひかかる。
倦怠よ、哀憐に融け入る倦怠よ。地獄の極み。
せめては羨む心があつたら、いや、それもある。――石を、石を羨む。
一八七八年二月
[やぶちゃん注:一九五八年岩波文庫刊の神西清・池田健太郎訳「散文詩」版にはこの中山版の挿絵はない。]
* * *
今日は早朝から義叔父の葬儀である。ここでフライングして、これのみとする。これは昨夜、予約公開したものである。
« 佐藤春夫「女誡扇綺譚」校正終了 | トップページ | トゥルゲーネフ「散文詩」全篇 神西清個人訳(第一次改訳) 呪ひ »