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2017/10/24

トゥルゲーネフ「散文詩」全篇 神西清個人訳(第一次改訳) つぐみ その一


Kurotugumi2

   つぐみ その一

 

 私は眠られぬ目を見ひらいたまま、寢床の中にゐた。疼く心が私を眠らせない。雨の日の灰色の丘のうへを、絶え間なく這ふ密雲の帶のやうに、物倦い單調な思ひが、鬱々と胸に翳りつづける。

 噫、望みも無い苦澁な愛を、未だに私は育んでゐる。既に若さを失つた心が、また生の笞(しもと)に壓し伏せられぬのを幸ひ、一しきり虛ろな若やぎを裝ひ佯る――そんな老年の雪と冷氣の下にのみ、人に來るあの愛を。……

 白々と斑(はだら)に、窓はさながら幻のやう。室内の物影は朧ろに浮び上り、霧深い夏の曉の薄ら明りに、一しほ凝然と靜まり返る。時計を見ると三時十五分前。壁の外にも、同じ歸寂が立ちこめてゐる。、そして露。露は海のやうに。

 おびただしい露の中、私の窓のあたりに、つぐみが早くも來て歌を歌ふ、響高い自信に滿ちた聲を張り上げ、しきりに歌ふ。その囀りは部屋の靜寂に滲み入つて充ちる。また私の耳を滿たし、病む思ひと不眠とに、疲れ干割れた頭腦を滿たす。

 その歌は永遠を息づく。永遠が持つありとあらゆる新鮮さを、虛心を、金剛力を息づく。私はその歌を、大自然の聲と聞いた。始なく終ない、あの妙なる無心の聲と。

 つぐみは囀る、自信に滿ちて、時滿ちればやがて、不易の太陽の燦き出ることを知つてゐる。その歌には何の獨自なものもない。千年の昔に、やはり同じ太陽を喜び迎へたのと寸分たがはぬつぐみである。また幾千年の未來に、私の屍灰が目に見えぬ微粒になつて、潑剌と鳴響く鳥身の周りを、同じ歌聲に引裂かれる氣流のまにまに旋り舞ふとき、矢張り同じ太陽を喜び迎へるであらうそのつぐみと、寸分たがはぬつぐみである。

 さて私は、愚かしく愛に渇いた一人の人間として、お前に呼びかける、――「有難う、小鳥よ。この憂愁の時刻に、思ひがけず私の窓に響かせて呉れた、思ふさま力あるお前の歌にお禮を言ふよ。

 「お前の歌は、私を慰めはしない。私はそれを求めもせぬ。しかも私の眼に淚は浮んで、一瞬私の胸に、何ものか死の重さを荷つてまざまざと搖らいだ。夜明け前の歌ひ手よ、言つてお呉れ。あのひとも亦、お前の誇らかな歌聲と同じく、新鮮と若さに滿ちてゐるのではないのか。……

 だが今、この身を繞つて氷のやうな水流は漲り奔(はし)り、今日は知らず、明日の日には身も心も際涯無い大洋に押流されよう時、。徒らに悲傷し、われと吾身を哀惜(いとし)んだとてなんの甲斐があらうぞ。

 淚は溢れた、けれど虛心のつぐみの歌は、曾て聞かぬ幸福と永遠の調べを續ける。……

 終に日が上つたとき、私の燃える頰に光る淚の跡の夥しさ。

 やがて私は、平生の微笑を取戾した。

           一八七七年七月八日

 

[やぶちゃん注:「つぐみ」本邦で鶫(つぐみ)と言えば、スズメ目ツグミ科ツグミ属ツグミ Turdus eunomus を指すが、原題は“Черный дрозд”で、これはロシア語のウィキペデイアで検索すると、スズメ目ツグミ科クロウタドリ(黒歌鳥)Turdus merula(英名:Blackbirdである。クロウタドリは大型のツグミの一種で、生息域は広範で、ヨーロッパ及びアフリカ地中海沿岸から中近東及びインド・中央アジア南部・中国東南部・オーストラリア東南部・ニュージーランド等に生息する(オーストラリアとニュージーランドは人為的移入と推定されている)。ヨーロッパ西部では留鳥として通年見られるが、ロシア・中国にあっては夏鳥である(従ってこれはフランスで書かれたともロシアで書かれたとも読めるが、日付から押してフランスでの作と思われる。根拠は、次の「つぐみ その二」の注で引用する神西氏の註及び後の中山省三郎譯「散文詩」の註を参照されたい)。体長は二十八センチメートル程で、♂は黑色に黄色の嘴で、目の周りも黄色を呈する。♂は♀に比して全体に淡色で、嘴や眼の周囲の黄色部分は♂ほどには目立たない。本種は本邦では迷鳥として稀にしか見られない。クロウタドリの画像と声は以下のnature ringsというドイツ語のページを参照されたい。クロウタドリの写真の下にある“Gesang des Maennchens”をクリックすると鳴き声が聴ける。

「佯る」「いつはる(いつわる)」。偽(いつわ)る。

「燦き」「きらめき」。

「鳥身」「てうしん(ちょうしん)」。鳥の体の周り。生硬な表現で、いただけない。

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