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2017/10/16

トゥルゲーネフ「散文詩」全篇 神西清個人訳(第一次改訳) 自然


Sizen

   自然

 

 地面の下の、大きな部屋にゐる夢を見た。高い天井の部屋で、やはり地下の光を思はせる明暗のない明るさに滿ちてゐる。

 部屋の中央に一人の氣崇い女性が、寛やかな綠衣を着て坐つてゐる。片手に頰を支へて、深い思ひに耽るらしい。

 私は一目見て、この女性こそ『自然』なのだと覺つた。すると忽ち激しい畏怖が、氷のやうに魂の底までしみ渡つた。

 私はその女性に近づいて、恭々しく一禮して呼びかけた。

 「おお、人みなの母上、何をお考へですか。もしや人類の行末の事ではありますまい。どうしたら彼らの手に、できる限りの完成と至福を、授けてやれようかといふ事ではありますまいか。」

 女性は悠然と、その暗い怖しい眸を私に向けた。唇が動くかと思ふと、鐡を打ち合はせでもするやうな大聲が響いた。

 「私は、どうしたら蚤の脚の筋を、もつと丈夫にしてやれるか知らと考へてゐるのだよ。敵の手を逃れるのに都合のいいやうにね。今では攻防の釣合ひが破れたから、また元通りにしなくてはいけない。」

 「なんですつて」と私は吃つた、「そんな事をお考へですか。私ども人類は、あなたの愛する子等ではありませんか。」

 女性は微かに眉を顰めた。

 「天地の間に何一つ、私の子供でないものはない」と、やがて彼女は言つた、「私は皆同じ樣に面倒を見てやるし、皆同じやうに滅してやるのだよ。」

 「ですが善は、理性は、正義は?……」と私はまた口籠つた。

 「それは人間の言葉ぢやないの」と、鐡のやうな聲が答へた、「私の眼には善も惡もない、理性も私の掟ぢやない。それから正義つて一體なんのことなの。私はお前さんたちに生命を上げました。私はそれを取返して、また他の物に遣るのだ。蛆蟲に遣らうと、人間に遣らうと、私としちや同じ事です。……お前さんたちはお前さんたちで、せいぜい自分の事に氣をつけるがいいのさ、私の邪魔だてをしてお呉れでない。」

 私が何か言返さうとしたとき、遽かに大地が搖れて、陰に籠つた地鳴りがしたので、目がさめた。

             一八七九年八月

 

[やぶちゃん注:「遽かに」「にはかに(にわかに)」。]

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