和漢三才圖會卷第五十四 濕生類 蠼螋(はさみむし)
はさみむし 搜夾子
蛷螋
【俗云波佐
美無之】
蠼螋
キユイ スヱウ
本綱此蟲喜伏氍㲣之下故得此名隱居墻壁及噐物下
長不及寸狀如小蜈蚣青黒色二鬚六足足在腹前尾有
叉岐能夾人物其溺射人影令人生瘡身作寒熱用犀角
汁【雞腸草汁馬鞭草汁梨葉汁茶葉末紫草末燕窠土以各一品塗亦良】塗之皆効又畫地
作蠼螋形以刀細取其腹中土以唾和塗之再塗卽愈方
知萬物相感莫曉其由
△按武編云被蠼螋毒者扁豆傅卽瘥
*
はさみむし 搜夾子〔(さうけふし)〕
蛷螋〔(きゆうさう)〕
【俗に「波佐美無之」と云ふ。】
蠼螋
キユイ スヱウ
「本綱」、此の蟲、喜びて氍㲣(けむしろ)の下に伏す。故に此の名を得。墻壁及び噐物の下に隱れ居〔(ゐ)〕る。長さ、寸に及ばず、狀、小〔さき〕蜈蚣〔(むかで)〕のごとし。青黒色、二鬚〔(しゆ)〕、六足あり。足、腹の前に在り。尾に叉岐(はさみまた)有り、能く人・物を夾(はさ)む。其の溺(ゆばり)、人の影を射て、人をして瘡を生ぜしめ、身、寒熱を作〔(な)〕す。犀角汁〔(さいかくじふ〕を用ひて【雞腸草の汁、馬鞭草の汁、梨〔の〕葉の汁、茶の葉の末、紫草の末、燕の窠〔(す)〕の土、各一品を以つて塗〔るも〕亦、良し。】之れを塗る。皆、効あり。又、地に畫〔(ゑ)〕して、蠼螋の形を作り、刀を以つて細〔(こま)やか〕にし、其の腹中の土を取り、唾(つばき)以つて和して、之れを塗る。再び、塗れば、卽ち、愈ゆ。方〔(まさ)〕に知る、萬物〔の〕相感、其由を曉(さと)すこと、莫し〔と〕。
△按ずるに、「武編」に云はく、『蠼螋の毒を被むる者、扁豆(いんげんまめ)の葉を傅〔(つ)〕けるときは、卽ち、瘥〔(い)〕ゆ。
[やぶちゃん注:昆虫綱 Insecta革翅(ハサミムシ)目
Dermaptera のハサミムシ類。よく見かけ、同和名を持つ種はハサミムシ目マルムネハサミムシ科ハサミムシ(ハマベハサミムシ)Anisolabis
maritima:♀より♂の方が鋏の曲がり方が有意で雌雄ともに無翅。人家周辺の荒地やゴミ捨て場等の湿った場所の石の下などで多く見られる。異名は海岸に打ち上げられた海草の下に見られることに由来する。雑食性で植物の葉・果実・動物の死体などを摂餌する)。世界で十一科千九百三十種以上、日本では四十種ほどが知られている。ここで毒があるということが、「本草綱目」だけでなく、良安の短評にも出るが、ハサミムシ類は(素人なんで附言しておくと、少なくとも本邦産は)無毒であり、通常、本土にいる種群の鋏に挟まれても、力が弱く、痛くもなんともない(実際に私も小さな頃に挟ませてみた記憶があるが、痛くなかったし、好んでこれに指を挟ませている遊び友だちもいたぐらいである)。しかし、「氍㲣(けむしろ)」(毛で編んだ厚い敷物。絨毯)というのが屋内を指している点、記載の大半が咬み、毒があってその療法に費やされていること、況や、「人の影を射て、人をして瘡を生ぜしめ、身、寒熱を作〔(な)〕す」という部分は有意に重い症状を呈すると言っているからには、考察せねばなるまい。結論から言うと、これは恐らく、形状が似ており(但し、尾の鋏はないから、識別は一目瞭然)、体液にペデリン(Pederin:テトラヒドロピラン環を持つ水泡を発生させる毒性アミド)という有毒物質を持っていて、それが皮膚に附着すると、水疱性炎症を発生させ、さらにそれが眼に入ると、激しい痛みとともに、結膜炎や角膜潰瘍などの重い眼疾患を起こすところの、鞘翅(コウチュウ)目カブトムシ亜目ハネカクシ下目ハネカクシ上科ハネカクシ科アリガタハネカクシ亜科Paederinae のPaederus属アオバアリガタハネカクシ
Paederus fuscipes、或いは同じく、Paederus属エゾアリガタハネカクシ
Paederus parallelus、又は、Oedechirus属クロバネアリガタハネカクシ Oedechirus lewisius と誤認しているのではなかろうかと思われる(彼らは走光性があり、夏を中心によく屋内にも飛来侵入する。ハネカクシ類についてはハネカクシ類に同定した先行する「青腰蟲」の私の冒頭注を参照されたい)。
「長さ、寸に及ばず」先に挙げたハサミムシ(ハマベハサミムシ)Anisolabis
maritima で二センチメートル前後。
「小〔さき〕蜈蚣〔(むかで)〕のごとし」私は似ているとは思わないが、ムカデの顎脚と本種の尾部の鋏の類似からの誤認か。
「二鬚」一対の触角。
「溺(ゆばり)」小便。
「犀角」動物のサイ(犀)の角を素材とした生薬。成分の大半は角質であるケラチン(Keratin:多くの動物の細胞骨格を構成するタンパク質の一つ)。粉末にしたものは麻疹の解熱薬として顕著な効果があるとされる。水牛角や牛角も用いられる。
「雞腸草」ナデシコ目ナデシコ科ハコベ属 Stellaria のハコベ類の漢名別称。通常は「繁縷」「蘩蔞」などと書く。本邦の場合、「春の七草」の一つとしてのそれは、コハコベ Stellaria media。
「馬鞭草」シソ目クマツヅラ(熊葛)科クマツヅラ属クマツヅラ Verbena officinalis。ウィキの「クマツヅラ」によれば、『ヨーロッパ、中国、日本全土に分布し、荒れ地や道端に生える』。『葉はバベンソウ(馬鞭草)という生薬として、通経・黄疸や下痢の薬として利用され、ヨーロッパでもハーブとして用いられる。日本でも古くから用いられており、『和名抄』に「久末都々良」として登場する』。『古代ローマでは祭礼に持ちいるなど、聖なる草とされた。Verbena には「祭壇を飾る草」という意味もある.。また、古代ドルイド僧は、清めの水、占い、予言などに用いたという。他にも魔力があり、魔除けの草として、ヨーロッパの古い文献などにその名が出てくるなど、宗教、呪術に結びつく内容が多く存在する』とある。
「紫草」シソ目ムラサキ科ムラサキ属ムラサキ Lithospermum erythrorhizon。ウィキの「ムラサキ」によれば、『根は暗紫色で、生薬「シコン」(紫根)である。この生薬は日本薬局方に収録されており、抗炎症作用、創傷治癒の促進作用、殺菌作用などがあり、紫雲膏などの漢方方剤に外用薬として配合される。最近では、日本でも抗炎症薬として、口内炎・舌炎の治療に使用される』とある。
「燕の窠〔(す)〕の土」燕の巣の土。これは中華の高級食材であるアマツバメ目アマツバメ科アナツバメ族 Collocaliini ではなく、普通の燕(スズメ目ツバメ科ツバメ属 Hirundo)の巣を形作っている土様の物質(実際に燕類は泥と枯草を唾液で固めて巣を造る)のことであろう。
「各一品を以つて」全部ではなく、以上に挙げたものの単品一種を用いて、の意。
「又、地に畫〔(ゑ)〕して、蠼螋の形を作り、刀を以つて細〔(こま)やか〕にし、其の腹中の土を取り、唾(つばき)以つて和して、之れを塗る。再び、塗れば、卽ち、愈ゆ。方〔(まさ)〕に知る、萬物〔の〕相感、其由を曉(さと)すこと、莫し」類感呪術である。
「武編」東洋文庫書名注に『明の唐順之撰になる兵書の類』とある。
「扁豆(いんげんまめ)」マメ目マメ科インゲンマメ属インゲンマメ Phaseolus vulgaris。]
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