トゥルゲーネフ「散文詩」全篇 神西清個人訳(第一次改訳) ロシヤ語
ロシヤ語
懷疑の朝、母國の運命をさまざまに疑ひ惱む夕、おんみだけはわたしの杖であり柱でつた。おお、大いなるロシヤ語。力づよく、眞實の、不羈のロシヤ語よ。もしおんみがなかつたなら、いま母國に跳梁するものの姿を眺めて、どうして絶望せずにをられようか。しかしこのやうな國語が、偉大ならぬ國民に與へられてゐようなどとは、とても信じるかけには行かない。
一八八二年六月
[やぶちゃん注:一九五八年岩波文庫刊の神西清・池田健太郎訳「散文詩」版にはこの中山版の挿絵はない。なお、この「ロシヤ語」を以って「散文詩」(初版「セニリア」本文)パートは終わり、以下、「散文詩拾遺」パートとなる。
「不羈」(ふき)は「不羇」とも書き、「羈」も「羇」も「繋(つな)ぐ」の意で、
物事に束縛されず、行動が自由気ままであることを言う。
「一八八二年六月」この前年、ロシアではアレクサンドルⅢ世が即位、反動政策を行って革命運動への弾圧が激しくなっていた。ツルゲーネフはこの凡そ十五ヶ月後の、翌一八八三年九月三日に脊髄ガンのためにパリで客死した。サイト「ロシア文学」の「ツルゲーネフの伝記」によれば、『彼の遺骸がロシアに送り出されるとき、パリ北駅では盛大な儀式が催され、ペテルブルグの葬式は国葬として行われた』とある。二月革命によってニコライⅡ世がソヴィエトにより退位しロシア帝国が終焉を迎えたのは、彼の死から三十三年後の一九一七年のことであった。]
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