トゥルゲーネフ「散文詩」全篇 神西清個人訳(第一次改訳) 天主の宴會
天主の宴會
おるとき天主が、その碧瑠璃の宮殿で大宴會を思ひたたれた。
あらゆる德といふ德はみんな招かれた。とはいへ招かれたのは美德にかぎられて、男性はをらず、婦人ばかりであつた。
大小の德たちが大ぜい集まつた。小さな德は大きな德よりも快活で、愛想もよかつた。がとにかく、一同はみんな嬉しさうで、近親や知合ひの間柄にふさはしい態度で、つつましく話をし合つた。
ふと天主は、二人の婦人が互ひに見も知らぬ同志らしいのに氣づかれた。
主はその一人の手を取つて、もう一人のそばへ連れて行かれた。
「恩惠」――種は第一の歸人を指さして、かう言はれた。
「感恩」――さらに第二の婦人を指さして、言葉をつがれた。
二人の美德は、言ひやうのない驚きの色を面(おもて)にあらはした。天地の開(ひら)けてこのかた幾千年、二人は初めて相見たのである。
一八七八年十二月
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