和漢三才圖會卷第五十四 濕生類 𧌃臘蟲(しびとくらひむし) / 虫類~完結!
しびとくらひむし
𧌃臘蟲
本綱廣州西南數郡有之食死人蟲也有甲而飛狀如麥
嗜臭肉人將死便集入舎中人死便食紛々滿屋不可驅
惟殘骨在乃去惟以梓板作噐則不來或用豹皮覆尸則
不來其蟲雖不入藥而爲人害不可不知
△按𧌃臘蟲本草有三説異同今取其一記之
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しびとくらひむし
𧌃臘蟲
「本綱」、廣州西南の數郡に、之れ、有り。死人〔(しびと)〕を食〔ら〕ふ蟲なり。甲、有りて、飛ぶ。狀ち、麥のごとく、臭き肉を嗜(す)き、人、將に死せんと〔するに〕、便〔(すなは)〕ち、舎(いへ)の中に集〔まり〕入〔り〕、人、死すれば、便ち、食ふ。紛々として屋に滿つ。驅〔(か)〕らるべからず。惟(たゞ)、殘骨在〔(あ)〕るのみにして、乃〔(すなは)〕ち、去る。惟だ、梓(あづさぎり)〔の〕板を以つて噐〔(うつは)〕に作れば、則ち、來らず。或いは豹の皮を用ひて、尸(しかばね)を覆へば、則ち、來らず。其の蟲、藥に入れずと雖も、人の害を爲す。知らずんばあるべからず。
△按ずるに、𧌃臘蟲、「本草」に、三説の異同、有り。今、其一つを取りて、之れを記す。
[やぶちゃん注:本項はまさに「蟲部」の掉尾なのだが、良安先生、やらかしゃって呉れました。人間の遺体を食ったり、その腐敗液を吸う虫は沢山いるが(言っとくが、蝶でさえ吸う)、これは殆んど志怪小説のようだ(中間部は明らかに作話的である)。しかしここはやはり、最後まで生物学的な注でなくてはなるまい。念頭に浮かぶのはまあ、好んで動物死体を食うとされて有り難くない和名を戴いている「死出虫(しでむし)」だよな。動物界
Animalia 節足動物門
Arthropoda 昆虫綱
Insecta 鞘翅(コウチュウ)目
Coleoptera 多食(カブトムシ)亜目
Polyphaga ハネカクシ上科
Staphylinoidea シデムシ科
Silphidae に属するシデムシ類だ。而してやはりここは荒俣宏氏の「世界博物大図鑑」の第一巻「蟲類」(一九九一年平凡社刊)の「シデムシ」を開いて見る。英名はburying beetle・carrion beetle・sexton beetles でそれぞれ『〈埋葬する甲虫〉〈腐肉をあさる甲虫〉〈墓掘り人の甲虫〉』、フランス語では nécrophore 『ネクロフォルは〈死体を運ぶもの〉』ドイツ語の Aaskäfer・Totergräber は『〈死体の甲虫〉〈死者を埋葬するもの〉』とあり、何より、『中国名の𧌃臘虫は〈肉を食う虫〉の意』とこの名をズバリ挙げてあるのである(下線太字は私が附した)。但し、中文ウィキでは科名を「葬甲科」とし、俗称を「埋葬蟲」とする。「埋葬」というのは、本種が動物死体の腐肉の摂餌を好む以外に、ウィキの「シデムシ」によれば、特にモンシデムシ属 Nicrophorus のシデムシ類は亜社会性昆虫で家族を持つ。♀♂の番いで、小鳥や鼠などの小型脊椎動物の死体を地中に埋めて肉団子状に加工した上で、これを餌として幼虫を保育するという習性を持っていることによる。また『親が子に口移しで餌を与える行動も知られており、ここまで幼虫の世話をする例は、甲虫では他に見られないものである』「ブリタニカ国際大百科事典」の「シデムシ」から引く(コンマを読点に代えた)。『小~大型の甲虫で、外形は幅広く扁平なもの、細長いもの、角形のものなどかなり多様である。色彩は黒みがかったものが多いが、赤や黄色の斑紋のあるものも少くない。頭部には大きな複眼があり、前方に突出して基部が頸状にせばまるものと、前胸背前縁下部に隠れるものとがある。触角は短く、11節から成り、先端の3~4節は拡大して棍棒状または球稈状になっている。大腮は大きく、口枝は発達している。上翅は大きく、腹部を完全におおうものと、翅端が切断状で腹部の先端が露出するものとがある。後翅は発達しているものが多い。肢は強壮であるが比較的短く、跗節は通常5節であるがまれに4節のものもある。ハネカクシ(科)に近縁で、世界に約 250種が知られ、そのうち日本産は約 30種。大部分の種は腐敗した動物の死体を食べるが、虫食性、草食性のものもある。ヤマトモンシデムシ Nicrophorus japonicus』(モンシデムシ亜科モンシデムシ属)『は体長 20mm内外、頭部は大きく、複眼後方は頬状に肥大し、顕著な頸部をもつ。上翅に幅広い赤色横帯が2本ある。雄の後肢脛節は弓状に湾曲する。本州、四国、九州、朝鮮、台湾、中国、モンゴルに分布する。オオヒラタシデムシ Eusilpha japonica』(シデムシ亜科Eusilpha
属)『は体長 23mm内外、体は扁平でやや青みを帯びた黒色である。頭部は小さく、前胸のくぼみに入る。上翅には各4条の縦隆起がある。北海道、本州、四国、九州、台湾に産する普通種で、腐敗動物質に集る』とある。
「廣州西南」「廣州」は現在の広東省広州市一帯であるから、その西南部はこの附近(グーグル・マップ・データ)。
「麥のごとく」シデムシの一部の種の幼虫は小麦色を呈した麦の穂のような形をしている。私はこの幼虫ちょっとダメな口の形状なので、リンクはしないが、グーグル画像検索「Silphidae」をかけると、それらしい写真が見られる。
「驅〔(か)〕らるべからず」追い出すことも出来ぬほどに急速に多量に群がってくるというのである。有り難くない虫系ホラー!
「殘骨在〔(あ)〕るのみにして、乃〔(すなは)〕ち、去る」超早回し「九相図絵巻」じゃ!
「梓(あづさぎり)」和名をこう呼ぶ木本類は幾つかあるが、棺桶板(私は「噐」はそれで採る)にするような材木の採れる高木となると、シソ目ノウゼンカズラ科キササゲ属キササゲ Catalpa ovata か同属のトウキササゲ Catalpa bungei であろう。現代中国では前者に「梓」の字を当てている。
「其の蟲、藥に入れずと雖も、人の害を爲す。知らずんばあるべからず。」東洋文庫訳では『この虫は薬に入れないが、人に害をなすものなので、よく知っておかなければならない』とするが、何だかよく判らぬ訳である。有毒だというのでもない。『人に害をなす』というのは死んだ人間の肉を喰らう行為を指すのか? だからよく理解しろというのか? だったら、人間の死体に最も早く、最も多量に発生する蠅の幼虫である蛆をこそ忌避すべきであろう? どうもここには何か言いたそうで、隠していることがあるような気がしてならない。いやな、感じ!
『𧌃臘蟲、「本草」に、三説の異同、有り。今、其一つを取りて、之れを記す』「本草綱目」の「蟲部 濕生類」の掉尾にある「附錄諸蟲」の冒頭に、
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唼臘蟲
時珍曰、按裴淵「廣州記」云、『林任縣有甲蟲、嗜臭肉。人死、食之都盡、紛紛滿屋、不可驅』。張華「博物志」云、『廣州西南數郡、人將死、便、有飛蟲。狀、如麥、集入舎中、人死、便、食、不可斷遣、惟殘骨在乃去。惟以梓板作器、則、不來。林邑「國記」云、『廣西南界、有唼臘蟲。食死人。惟豹皮覆尸、則、不來。此三説皆一物也。其蟲、雖不入藥而爲、人害、不可不知。
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良安センセー、嘘ついちゃいけませんぜ! 三説のカップリングやないカイ!!!]
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