トゥルゲーネフ「散文詩」全篇 神西清個人訳(第一次改訳) 呪ひ
呪ひ
バイロンの『マンフレッド』を讀んで、彼のために身をほろぼした女の靈が、不氣味な呪ひをあびせかけるところに來ると、わたしは身ぶるひが出る。
おぼえておいでかしら――「御身の夜は眠を奪はれ、邪まな御身の心は、わが見えぬ面影を、拂うても拂うても永却(とは)に見よ。また御身の心は、自らを燒く地獄火となれ。……」
私は思ひ出す。以前ロシヤにゐた頃、ある百姓の父と子の、激しい口論の場に居あせた時のことを。
息子はたうとうしまひに、ひどい悔辱の言葉を父親に叶きかけた。
「呪つておやり、ヴアシーリチ。その人非(ひとでなし)を呪つておやり」と婆さんはわめきたてた。
「よしとも。ペトローヴナ」と爺さんは大きな十字を切り、洞ろな聲で答ヘた、「やがてお前に息子ができて、それが生みの母親の眼の前で、お前の白くなつた鬚に唾を掛ける時があるわい。」
この呪詛は『マンフレッド』のよりも一そう怖ろしかつた。
息子は何か言返さうとした。しかし、よろよろとよろめくと、そのまま眞蒼になつて出て行つた。
一八七八年二月
[やぶちゃん注:訳者註。
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『呪ひ』 この詩ははじめ『マンフレッド』と題された。
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『御身の夜は眠を』云々 恐らくは次の個所によるものであろう。(Manfred
Ⅰ, Ⅰ, Incantation, second strophe)――
Though thy slumber may be deep,
Yet thy spirit shall not sleep……
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「マンフレッド」(Manfred)はイギリスのロマン主義詩人バイロン(George Gordon Byron 一七八八年~一八二四年)が一八一七年に書いた同名の長大な劇詩の主人公の青年の名。マンフレッドはかつて恋人を死に追いやってしまった罪の記憶を抱えて悩む。神霊と交感する能力を会得している彼は精霊を呼び出し、その記憶の「忘却」を求めるが、精霊は不可能と答える。「会得」は自在であっても「喪失」は思うままにならないことを知った彼は、「喪失」の最上の形態としての「死」に立ち向かうため、アルプスの山中を彷徨い続けた末、遂にその恋人の霊と再会を果たし、許しを乞うと共に自らも息絶えるのであった。なお、後掲する「拾遺」の「無心の聲」をも参照されたい。
「永却」ママ。「永劫」の誤植が強く疑われるが、Q&Aサイトの答えに「永却」という語はあるらしく、「永久を捨てる」即ち「永久を永久と言えなくなるほどの」という意味で、恐らくは「とてつもない時間」という意味の造語ではないか、とあるので、ママとした。]
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