フォト

カテゴリー

The Picture of Dorian Gray

  • Sans Souci
    畢竟惨めなる自身の肖像

Alice's Adventures in Wonderland

  • ふぅむ♡
    僕の三女アリスのアルバム

忘れ得ぬ人々:写真版

  • 縄文の母子像 後影
    ブログ・カテゴリの「忘れ得ぬ人々」の写真版

Exlibris Puer Eternus

  • 僕の愛する「にゃん」
    僕が立ち止まって振り向いた君のArt

SCULPTING IN TIME

  • 熊野波速玉大社牛王符
    写真帖とコレクションから

Pierre Bonnard Histoires Naturelles

  • 樹々の一家   Une famille d'arbres
    Jules Renard “Histoires Naturelles”の Pierre Bonnard に拠る全挿絵 岸田国士訳本文は以下 http://yab.o.oo7.jp/haku.html

僕の視線の中のCaspar David Friedrich

  • 海辺の月の出(部分)
    1996年ドイツにて撮影

シリエトク日記写真版

  • 地の涯の岬
    2010年8月1日~5日の知床旅情(2010年8月8日~16日のブログ「シリエトク日記」他全18篇を参照されたい)

氷國絶佳瀧篇

  • Gullfoss
    2008年8月9日~18日のアイスランド瀧紀行(2008年8月19日~21日のブログ「氷國絶佳」全11篇を参照されたい)

Air de Tasmania

  • タスマニアの幸せなコバヤシチヨジ
    2007年12月23~30日 タスマニアにて (2008年1月1日及び2日のブログ「タスマニア紀行」全8篇を参照されたい)

僕の見た三丁目の夕日

  • blog-2007-7-29
    遠き日の僕の絵日記から

サイト増設コンテンツ及びブログ掲載の特異点テクスト等一覧(2008年1月以降)

無料ブログはココログ

« トゥルゲーネフ「散文詩」全篇 神西清個人訳(第一次改訳) ニンフ | トップページ | トゥルゲーネフ「散文詩」全篇 神西清個人訳(第一次改訳) キリスト »

2017/10/14

トゥルゲーネフ「散文詩」全篇 神西清個人訳(第一次改訳) 敵と友


Tekitomo

   敵と友

 

 無期徒刑の囚人が牢を破つて、一目散に逃げ出した。すぐその後から、追手がかかつた。

 囚人は一生懸命に逃げた。追手は遲れはじめた。

 すると、川ぷちの崖に出た。川幅は狹いが、水は深い。囚人は泳ぎを知らなかつた。

 此方の岸から向ふ岸に、朽ちた細い板が渡してある。脱走囚はそれに片足を掛けた。そしてふと見𢌞すと丁度川緣に、自分の一番の親友と、一番仲の惡い敵とが佇んでゐた。

 敵は默つて腕を拱いてゐた。親友の方は聲を限りに叫んだ。

 「おお、おお。君は何をするのだ。載でも違つたのか。その板のすつかり腐つてゐるのが分らないのか。――君の重みでそれが折れたら最後、どうしたつて助かりつこはないぞ。」

 「だつて他に逃道はないのだ。そら、追手の足音が聞えるぢやないか」と、哀れな男は絶望の呻きをあげて、板を渡りはじめた。

 「とても見ちや居られない。君をむざむざ見殺しにはできない」と、助けたい一心で親友は叫んで、脱走囚の足許の板を引いた。

 で、彼は忽ち、さかまく波に落ちて溺れてしまつた。

 敵はそれを見ると、滿足の笑を浮べて去つた。親友は岸に坐り込んで、不幸な友達を思つて苦い淚を流した。

 けれど友達の死について、自分を責めようなどとは、爪の先程も考へなかつた。

 「言ふことを聽かないからだ。俺の言ふことを……」と、彼は沈み込んで呟いた。

 「が、それにしても」やがて彼は、口に出して言つた、「あの男は一生、怖しい牢屋で苦しむ事になつてゐたのだ。少くとも今ぢや惱みもあるまい。ずつと樂になつたらう。さういふ𢌞りあはせだつたのだな。もとより、人情として忍びないが。」

 さう言つて、この善良な男は、不運な友達を思つてひどく咽び泣いた。

           一八七八年十二月

 

[やぶちゃん注:「滿足の笑」「笑」は「えみ」であろう。]

« トゥルゲーネフ「散文詩」全篇 神西清個人訳(第一次改訳) ニンフ | トップページ | トゥルゲーネフ「散文詩」全篇 神西清個人訳(第一次改訳) キリスト »