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2017/11/16

江戸川乱歩 孤島の鬼(43) 生地獄

 

   生地獄

 

 私は尋ねたくてウズウズする一事があった。だが、自分のことばかり考えているように思われるのがいやだったから、しばらく諸戸の興奮の鎮まるのを待った。

 私たちは闇の中で、抱き合ったままだまりこんでいた。

「ばかだね、僕は。この地下の別世界には、親もなし、道徳も、羞恥もなかったはずだね。今さら興奮してみたところで、はじまらぬことだ」

 やっとして、冷静に返った諸戸が低い声でいった。

「すると、あの秀ちゃん吉ちゃんのふたごも」私は機会を見いだして尋ねた。「やっぱり作られた不具者だったの」

「むろんさ」諸戸ははき出すようにいった。「そのことは、僕には、例の変な日記帳を読んだときからわかっていた。同時に、僕は日記帳で、おやじのやっている事柄を薄々感づいたのだ。なぜ僕に変な解剖学を研究させているかっていうこともね。だが、そいつを君にいうのはいやだった。親を人殺しだということはできても、人体変形のことはどうにも口に出せなかった。言葉につづるさえ恐ろしかった。

 秀ちゃん吉ちゃんが、生れつきの双生児でないことはね、君は医者でないから知らないけれど、僕らの方では常識なんだよ。癒合双体は必らず同性であるという動かすことのできない原則があるんだ。同一受精卵の場合は男と女の双生児なんて生れっこないのだよ。それにあんな顔も体質も違う双生児なんてあるものかね。

 赤ん坊の時分に、双方の皮をはぎ、肉をそいで、無理にくっつけたものだよ。条件さえよければできないことはない。運がよければ素人にだってやれぬとも限らぬ。だが当人たちが考えているほど芯からくっついているのではないから、切り離そうと思えば造作もないのだよ」

「じゃあ、あれも見世物に売るために作ったのだね」

「そうさ、ああして三味線を習わせて、一ばん高く売れる時期を待っていたのだよ。君は秀ちゃんが片輪でないことがわかって嬉しいだろうね。嬉しいかい」

「君は嫉妬しているの」

 人外境が私を大胆にした。諸戸のいった通り、礼儀も羞恥もなかった。どうせ今に死んじまうんだ。何をいったって構うものかと思っていた。

「嫉妬している。そうだよ。ああ、僕はどんなに長いあいだ嫉妬しつづけてきただろう。初代さんとの結婚を争ったのも、一つはそのためだった。あの人が死んでからも、君の限りない悲嘆を見て、僕はどれほどせつない思いをしていただろう。だが、もう君、初代さんも秀ちゃんも、そのほかのどんな女性とも、再び会うことはできないのだ。この世界では、君と僕とが全人類なのだ。

 ああ、僕はそれが嬉しい。君と二人でこの別世界へとじこめてくだすった神様がありがたい。僕は最初から、生きようなんてちっとも思っていなかったんだ。おやじの罪亡ぼしをしなければならないという責任感が僕にいろいろな努力をさせたばかりだ。悪魔の子としてこのうえ恥(はじ)を曝(さら)そうより、君と抱き合って死んで行くほうが、どれほど嬉しいか。蓑浦君、地上の世界の習慣を忘れ、地上の羞恥を棄てて、今こそ、僕の願いを容れて、僕の愛を受けて」

 諸戸は再び狂乱のていとなった。私は彼の願いの余りのいまわしさに、答えるすべを知らなかった。誰でもそうであろうが、私は恋愛の対象として、若き女性以外のものを考えると、ゾッと総毛立つような、なんともいえぬ嫌悪を感じた。友だちとして肉体の接触することはなんでもない。快くさえある。だが、一度それが恋愛となると、同性の肉体は吐き気を催す種類のものであった。排他的な恋愛というものの、もう一つの面である。同類憎悪だ。

 諸戸は友だちとして頼もしくもあり、好感も持てた。だが、そうであればあるほど、愛慾の対象として彼を考えることは、堪えがたいのだ。

 死に直面して棄鉢(すてばち)になった私でも、この憎悪だけはどうすることもできなかった。

 私は迫ってくる諸戸をつき離して逃げた。

「ああ、君は今になっても、僕を愛してくれることはできないのか。僕の死にもの狂いの恋を受入れるなさけはないのか」

 諸戸は失望の余り、オイオイ泣きながら、私を追い駈けてきた。

 恥も外聞もない、地の底のめんない千鳥がはじまった。ああ、なんという浅間(あさま)しい場面であったことか。

[やぶちゃん注:「めんない千鳥」遊戯の「目隠し鬼」のこと。手拭などで目隠しをした鬼役が、逃げ回る者たちを手探りで捕まえる「鬼ごっこ」の一種。逃げる者たちは「鬼さんこちら、手の鳴る方へ」などと囃す。ここで「鬼」を出さなかったのは、本篇が「鬼」だらけであること以外に、寧ろ「めんない千鳥? ああ、目隠し鬼ね」と連想させる洒落であろう。或いは、別の異名である「目無(めなし)し鬼」の畸形に引っ掛けるいやらしさ、さらには「目無し児(ちご)」という同性愛への匂わせという厭な感じをも、逆に私には感じられる。穿ち過ぎか。]

 そこは、左右の壁の広くなった、あの洞窟の一つであったが、私は元の場所から五、六間も逃げのびて、闇の片隅にうずくまり、じつと息を殺していた。

 諸戸もひっそりしてしまった。耳をすまして人間の気配を聞いているのか、それとも、壁伝いにめくら蛇みたいに、音もなく餌物に近づきつつあるのか、少しも様子がわからなかった。それだけに気味が悪い。

 私は闇と沈黙の中に、眼も耳もない人間のように、独りぼっちで震えていた。そして、

「こんなことをしているひまがあったら、少しでもこの穴を抜け出す努力をしたほうがよくはないのか。もしや諸戸は、彼の異様な愛慾のために、万一助かるかもしれない命を、犠牲にしようとしているのではあるまいか」

 ハッと気がつくと、蛇はすでに私に近づいていた。彼は一体闇の中で私の姿が見えるのであろうか。それとも五感のほかの感覚を持っていたのであろうか。驚いて逃げようとする私の足は、いつか彼の黐(もち)のような手に摑まれていた。

 私ははずみを食って岩の上に横ざまに倒れた。蛇はヌラヌラと私のからだに這い上がってきた。私は、このえたいの知れぬけだものが、あの諸戸なのかしらと疑った。それはもはや人間というよりも無気味な獣類でしかなかった。

 私は恐怖のためにうめいた。

 死の恐怖とは別の、だがそれよりも、もっともっといやな、なんともいえない恐ろしさであった。

 人間の心の奥底に隠れている、ゾッとするほど不気味なものが今や私の前に、その海坊主みたいな、奇怪な姿を現わしているのだ。闇と死と獣性の生地獄だ。

 私はいつかうめく力を失っていた。声を出すのが恐ろしかったのだ。

 火のように燃えた頰が、私の恐怖に汗ばんだ頰の上に重なった。ハッハッという犬のような呼吸、一種異様の体臭、そして、ヌメヌメと滑かな、熱い粘膜が、私の唇を探して、蛭(ひる)のように、顔中を這いまわった。

 諸戸道雄は今はこの世にいない人である。だが、私は余りに死者を恥しめることを恐れる。もうこんなことを長々と書くのはよそう。

 ちょうどそのとき、非常に変なことが起こった。そのお蔭で、私は難を逃れることができたほどに、意外な椿事(ちんじ)であった。

 洞窟の他の端で、変な物音がしたのだ。コウモリやカニには馴れていたが、その物音はそんな小動物の立てたものではなかった。もっとずっと大きな生物がうごめいている気配なのだ。

 諸戸は私を摑んでいる手をゆるめて、じつと聞き耳を立てた。

 

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