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2017/11/13

江戸川乱歩 孤島の鬼(23) 奇妙な通信

 

   奇妙な通信

 

 まいにち一まいか二まいしか書けませんので、書きはじめてから、もう一と月ぐらいになりました。夏になりましたので、あせがながれてしかたがありません。

 こんなに長く書くのは生れてからはじめてですし、おもいだすことや、考えることがへたですから、ずっと前のことや、ちかごろのことが、あべこべになってしまいます。

 これから、わたしのすんでいるクラが、牢屋というものに似ていることを書きます。

「子供世界」の本のなかに、悪いことをせぬ人が、牢屋というものに入れられて、悲しい思いをすることが書いてありました。牢屋というものはどんなものか知りませんが、わたしのすんでいるクラと似ているようにおもいました。

[やぶちゃん注:「悪いことをせぬ人が、牢屋というものに入れられて、悲しい思いをすることが書いてありました」有名なところでは、「巌窟王」の訳題で知られる、フランスの作家アレクサンドル・デュマ(Alexandre Dumas 一八〇二年~一八七〇年(本邦では弘化三年に相当)の長篇小説「モンテ・クリスト伯」(Le Comte de Monte-Cristo:一八四四年~一八四六年発表)があるが、私が先に「子供世界」のモデルと考えた「少年世界」には同作の抄訳等が載った形跡は確認出来なかった。恐らく同作の最初の邦訳(翻案?・部分訳)は「史外史傳 巖窟王」として黒岩涙香が扶桑堂から明治三八(一九〇五)年から翌年にかけて訳出したものか。]

 あたりまえの子供は、父や母とおなじところにすんで、一しょにごはんをたべたり、お話をしたり、あそんだりするものではないかとおもいました。「子供世界」にそういう画がたくさん書いてありました。これは遠いところにある世界だけのことでしょうか。わたしにも父や母があるなら、おなじように、たのしく一しょにすむことができるのではありませんでしょうか。

 助八さんは、父や母のことをきいても、ハッキリ教えてくださいません。こわい「お父つぁん」にあわせてくださいとたのんでも、あわせてくださいません。

 男と女ということが、ハッキリわからないまえには、吉ちゃんと、よくこのことをお話ししました。わたしはいやなかたわ者ですから、父と母も私をきらって、こんなクラの中へ入れて、わたしのかたちが、ほかの人に見えないようになさったのかもしれません。それでも、眼の見えないかたわ者やオシのかたわ者が、父や母と一しょにすんでいることが本に書いてあります。父や母は、かたわ者の子供は、あたりまえの子供よりも、かわいそうですから、たいそうたいそうやさしくしてくださいますことが書いてあります。なぜわたしだけはそうしてくださいませんのでしょうか。助八さんにたずねましたら、助八さんは涙ぐんで「お前の運がわるいのだよ」といいました。ほかのことはすこしも教えてくださいませなんだ。

 クラのそとへ出たい心は、秀ちゃんも吉ちゃんもおなじでしたが、クラのあついかべのような戸を、手がいたくなるほどたたいたり、助八さんやおとしさんの出るときに、一しょに出るといって、あばれまわるのは、いつでも吉ちゃんのほうでした。そうすると、助八さんは、吉ちゃんの頰をひどくたたいて、わたしをはしらにしばりつけてしまいました。そのうえに、そとへ出ようとおもって、あばれたときには、ごはんが一ぺんだけたべられないのです。それで、わたしは助八さんやおとしさんにないしょで、そとへ出ることを、いっしょうけんめいに考えました。吉ちゃんとそのことばかりそうだんしました。

 あるとき、私は窓の鉄のぼうをはずすことを考えました。ぼうのはまっている、白い土をほって、鉄ぼうをはずそうとしたのです。吉ちゃんと、秀ちゃんと、かわりばんこに、指のさきから血が出るほど、長いあいだ土をほりました。そして、とうとう一本のぼうの下だけはずしてしまいましたが、すぐ助八さんに見つかって、一日ごはんがたべられませんでした。(中略)

 どうしても、こうしても、クラのそとへ出ることはできないと、おもってしまいましたら、悲しくて、悲しくて、しばらくのあいだは、わたしはまいにちまいにち、せのびをして、窓のそとばかり見ておりました。

 海はいつものように、キラキラとひかっておりました。原っぱには、何もなくて、風が草をうごかしておりました。海の音がドウドウと、悲しくきこえておりました。あの海の向こうに世界があるのかとおもいますと、鳥のようにとんでゆけたらいいでしょうとおもいました。けれども、わたしみたいなかたわ者が、世界へゆきましたら、どんな目にあわされるかしれないとおもいますと、こわくなりました。

 海のむこうのほうに、青い山のようなものが見えております。助八さんがいつか、「あれはミサキというもので、ちょうど牛が寝ているかたちだ」といいました。牛の画は見たことがありますが、牛が寝たらあんなかたちになるのかしらんとおもいました。また、あのミサキという山が世界のはじっこかしらんとおもいました。遠くの遠くのほうを、いつまでもじっと見ていますと、眼がぼうっとかすんできて、知らぬまに涙がながれています。(中略)

 父も母もなく、牢屋のようなクラにおしこめられて、生れてから一ども、そとのひろいところへ出たことがないという、不幸だけでも、悲しくて悲しくて、死んでしまいたいほどですのに、ちかごろでは、そのほかに、吉ちゃんがいやないやなことをしますので、ときどき、吉ちゃんをしめ殺してやろうかとおもうことがあります。吉ちゃんが死ねば、きっと秀ちゃんも一しょに死んでしまいますでしょうから。

 あるとき、ほんとうに吉ちゃんのくびをしめて、吉ちゃんが死にそうになったことがありますから、そのことを書きます。

 あるばん寝ていますとき、吉ちゃんが、ムカデが半分にちぎれたときのように、ほんとうに、むちゃくちゃにはねまわりました。あんまりひどくあばれるので、病気になったのかとおもったくらいです。秀ちゃんが好きで好きでしようがないといって、秀ちゃんの首や胸をしめつけたり、足をねじまげたり、顔をかさねたりして、むちゃくちゃにもがきまわるのです。そして(中略)私はゾツとするほどきたないいやなきもちがしました。そして、吉ちゃんが、にくらしくてにくらしくてたまらないようになりました。それで、わたしはほんとうに殺すつもりで、ワッと泣きだして、吉ちゃんの首を、二つの手で、グングンしめつけました。

 吉ちゃんはくるしがって、前よりもひどくあばれました。わたしはフトンをはねのけてしまって、たたみの上を、はしからはしへころげまわりました。四つの手と四つの足を、めちゃくちゃに、ふりまわしながら、ワアワア泣きながら、ころがりました。助八さんがきて、わたしをうごかぬようにおさえてしまうまで、そうしておりました。

 そのあくる日から、吉ちゃんは少しおとなしくなりました。(中略)

 わたしはもうもう、死んでしまいたい。死んでしまいたい。神さまたすけてください。神さまどうかわたしを殺してください。(中略)

 

 きょう、窓のそとにおとがしたものですから、のぞいてみますと、窓のすぐ下のへいのそとに、人間が立って、窓のほうを見あげておりました。大きい、ふとった男の人間です。「子供世界」の画にあるようなみょうな着物をきておりましたから、遠くの世界の人間かもしれないとおもいました。

[やぶちゃん注:底本では、この段落の前に有意な行空けがあるように見える。但し、改ページである上、前に挿絵が入っているために確実にそうだとは断言出来ないのであるが、文脈からはあった方がよいと考えて挿入した。]

 わたしは大きなこえで「お前は誰だ」といいましたが、その人間はなにもいわず、じっつとわたしを見ておりました。なんとなくやさしそうな人にみえました。わたしはいろいろなことが話したいとおもいましたが、吉ちゃんがこわい顔をしてじゃまをしますし、大きなこえを出して助八さんにきこえるとたいへんですから、ただその人の顔をみて笑ったばかりです。そうしますと、その人もわたしの顔をみて笑いました。

 その人がいってしまうと、わたしはにわかに悲しくなりました。そして、どうかもう一どきてくださいと、神さまにおねがいしました。

 それから、わたしはいいことをおもいだしました。もしあの人がもう一どきてくださったら、話はできませんけれども、遠くの世界の人間は、手紙というものを書くことが本に書いてありましたから、わたしも字を書いて、あの人に見せようとおもいました。けれども、手紙を書くのには長いことかかりますから、この帳面をあの人のそばへなげてやるほうがいいとおもいました。あの人はきっと字がよめますから、この帳面をひろって、わたしの不幸な不幸なことを知って、神さまのようにたすけてくださるかもしれません。

 どうか、もういちど、あの人が、きてくださいますように。

 

 雑記帳の記事は、そこでポッツリと切れていた。

 雑記帳を読み終ったとき、諸戸道雄と私とは、しばらく言葉もなく、顔を見合わせていた。

 私は俗にシャムの兄弟といわれる奇妙な双生児の話を聞いていないではなかった。シャムの兄弟というのは、シャン、エンという名前で、両方とも男で、剣状軟骨部(けんじょうなんこつぶ)癒合双体と名づける畸形双生児であったが、そうした畸形児は多くの場合死んで生れるか、出生後間もなく死亡するものであるのに、シャン、エンはその不思議なからだで六十三歳まで長命し、両方とも別々の女と結婚して、驚いたことには二十二人の完全な子供の父となったということである。

[やぶちゃん注:「シャムの兄弟といわれる奇妙な双生児」既注

「剣状軟骨」胸骨の下端に突出する剣状突起のこと。左右の肋骨弓の合するところで、通常、「みぞおちと」呼ばれる部分にある。成人でも、その大部分は軟骨で出来ており、これが完全に骨化するのは老人になってからである。

「六十三歳」数え。満で六十二歳と約八ヶ月。

「二十二人の完全な子供」先の引用では二人で二十一人をもうけたと記す。]

 だが、そういう例は、世界でも珍らしいほどだから、われわれの国にそんな無気味な両頭生物が存在しようとは想像もしていなかった。しかも、それが一方は男で、一方は女で、男の方が女に執念深い愛着を感じ、女は男を死ぬはど嫌い抜いているというような、不思議千万な状態は、悪夢の中でさえも、かつて見ぬ地獄といわねばならぬ。

「秀ちゃんという娘は実に聡明ですね。いかに熟読したといっても、たった三冊の本からえた知識で、誤字や仮名遣いの誤りはあっても、これだけの長い感想文を書いたのですからね、この娘は詩人でさえありますね。だが、それにしてもこんなことが、果たしてありうるでしょうか。罪の深いいたずらじゃないでしょうね」

 私は医学者諸戸の意見を聞かないではいられなかった。

「いたずら? いや、おそらくそうじゃあまいよ。深山木氏がこうして大切にしていたところをみると、これには深い意味があるにちがいない。僕はふと考えたのだが、この終りの方に書いてある、窓の下へきたという人物は、よく肥えた洋服姿だったらしいから、深山木氏のことじゃあるまいか」

「ああ、僕もちょっとそんな気がしましたよ」

「そうだとすると、深山木氏が殺される前に旅行した先というのは、この双生児のとじこめられている土蔵のある地方だったにちがいない。そして、土蔵の窓の下へ深山木氏が現われたのは、一度ではなかった。なぜといって、深山木氏が二度目に窓の下へ行かなかったら、双生児はこの雑記帳を窓から投げなかっただろうからね」

「そういえば、深山木さんは、旅行から帰った時、なんだか恐ろしいものを見たといっていましたが、それはこの双生児のことだったのですね」

「ああ、そんなことをいっていたの? じゃあ、いよいよそうだ。深山木氏は僕たちの知らない事実を握っていたのだ。そうでなければ、そんなところへ見当をつけて、旅行をするはずがないからね」

「それにしても、この可哀そうな不具者を見て、なぜ救い出そうとしなかったのでしょう」

「それはわからないけれど、すぐぶっつかって行くには、手強い敵だと思ったかもしれぬ。それで一度帰って、準備をととのえてから引き返すつもりだったかもしれぬ」

「それは、この双生児をとじこめている奴のことですね」私はその時、ふとあることに気づいて、驚いて言った。「ああ、不思議な一致がありますよ。死んだ軽業少年の友之助ね、あれが『お父つぁん』に叱られるといってましたね。この雑記帳にも『お父つぁん』という言葉がある。そして両方とも悪い奴のようだから、もしやその『お父つぁん』というのが、元兇なんじゃありますまいか。そう考えるとこの双生児と今度の殺人事件との連絡がついてきますね」

「そうだ。君もそこへ気がついたね。だが、そればかりじゃない。この雑記帳は、よく注意して見ると、いろいろな事実を語っているのだよ。実に恐ろしい」諸戸は、そういって真底から恐ろしそうな表情をした。「もし僕の想像が当たっているならば、この全体の邪悪に比べては、初代さん殺しなんか、ほとんど取るに足らないほどの、小さな事件なんだよ。君はまだ悟っていないようだが、この双生児そのものに、世界中の誰もが考えなかったほどの、恐ろしい秘密が伏在しているんだよ」

 諸戸が何を考えているのかハッキリはわからなかったけれど、次々と現われてくる事実の奇怪さに、私は何か奥底の知れぬ無気味なものを感じないではいられなかった。諸戸は青い顔をして考え込んでいた。その様子が、自分自身の心の中を、深く深く覗き込んでいるといった感じであった。私も雑記帳をもてあそびながら、黙想にふけっていた。だが、そうしているうちに、私はある驚くべき連想にぶつかって、ハッとしてわれに返った。

「諸戸さん。どうも妙ですよ。又一つ不思議な一致を思いつきましたよ。それはね。あなたにはまだ話さなかったか知らんが、初代さんがね、捨て子になる前の、二つか三つかの時分の、夢のような思い出話をしたことがあるんです。なんだか荒れ果てた淋しい海辺に、妙な古めかしい城みたいな屋敷があって、そこの断崖になった海岸で、初代さんが生れたばかりの赤ちゃんと遊んでいる景色なんです。そういう景色を夢のように覚えているというのです。私はそのとき、そこの景色を想像して、絵にかいて初代さんに見せたところが、そっくりだというものですから、その絵を大切にしていたんですが、いつか深山木さんに見せて、そのまま忘れてきてしまったのです。でも、僕はハッキリ覚えてますから、今でもかくことができますよ。ところで、不思議な一致というのは、初代さんの話では、その海の遥か向こうの方に、牛の寝た形の陸地が見えていたそうですが、この雑記帳にも、土蔵の窓から海を見ると、向こうに牛の寝た姿の岬があると書いてあるじゃありませんか。牛の寝たような岬はどこにでもあるでしょうから、偶然の一致かもしれないけれど、海岸の荒れ果てた様子といい、岬の形容といい、この文章は、初代さんの話そっくりなんです。暗号文を隠した系図帳を初代さんが持っていた。それも盗もうとした賊とこの双生児とは何か関係があるらしい。そして、初代さんも双生児も、同じような牛の形の陸地を見たという。とすると、これはなんとなく同じ場所のように思われるじゃありませんか」

 この私の話の半ばから、諸戸はまるで幽霊にでも出あった人みたいな、一種異様な恐怖の表情を示したが、私が言葉を切ると、ひどくせきこんだ調子で、その海岸の景色をここでかいて見せてくれといった。そして、私が鉛筆と手帳を出して、ザッとその想像図を描くと、それを引ったくるようにして、長いあいだ画面に見入っていたが、やがてフラフラと立ち上がって、帰り支度をしながら言った。

「僕はきょうは頭がめちゃめちゃになって、考えがまとまらない。もう帰る。あす僕の家へきてくれたまえ。今ここでは、怖くて話せないことがあるんだから」

 そういい捨てて、彼は私の存在を忘れたかのように、挨拶も残さず、ヨロヨロとよろめきながら、階段を降りて行くのであった。

 

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