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2017/11/10

江戸川乱歩 孤島の鬼(11) 理外の理

 

   理外の理

 

 私は小説を読んで、よく、その主人公がお人好しで、へまばかりやっているのを見ると、自分であったら、ああはしまいなどと、もどかしく、歯痒(はがゆ)く思うことがあるが、この私の記録を読む人も、主人公である私が、何か五里霧中に迷った形で、探偵をやるのだと言いながら、一向探偵らしいこともせず、深山木幸吉のいやな癖の思わせぶりに、いい気になって引きずられている様子を見て、きっとじれったく思っていらっしゃることでしょう。私とても、こんなふうにありのままに書いて行くのは、自分の愚かさを吹聴するようなもので、実はあまり気が進まぬのだけれど、当時、私は実際お坊ちゃんであったのだから、どうもいたし方がない。読者を歯がゆがらせる点については、事実談ならこうもあろうかと、大目に見てもらうほかはないのである。

 さて、前章に引きつづいて、私は深山木幸吉の気の毒な変死の顚末(てんまつ)を書き綴らなければならぬ。

 深山木はそのとき猿股一つで、砂浜の上を海水着の子供らと、キャッキャといって走り廻っていた。彼が子供好きで、腕白共の餓鬼大将になって、無邪気に遊ぶのを好んだことは、すでにしばしば述べたところであるが、その時の彼のばかなはしゃぎ方には、子供好きというようなことのほかに、もっと深い原因があった。彼は怖がっていたのだ。例の下手な字の脅迫状の「正午限り」という文句におびえていたのだ。四十男の非常に聡明な彼が、あのような子供だましの脅迫状を真(ま)に受けるというのは、何か滑稽な感じがしたけれど、彼にしてはあんなものでも、まじめに怖がるだけの充分の理由があったことにちがいない。

 彼はこの事件について彼の知りえたことを、ほとんど全く私に打明けていなかったので、彼のような磊落(らいらく)な男を、これほどまで恐怖させたところの蔭の事実の恐ろしさは、想像だもできなかったけれど、彼の真から怖がっている様子を見ると、私もついつりこまれて、華やかな海水浴場の、何百という群衆に取り囲まれながらも、なんだか変な気持になってくるのを、どうにもできなかった。誰かの言った「ほんとうにかしこい人殺しは、淋しい場所よりも、かえって大群衆のまん中を選ぶ」という言葉など思い出されるのであった。

[やぶちゃん注:「ほんとうにかしこい人殺しは、淋しい場所よりも、かえって大群衆のまん中を選ぶ」確かに私も何かで読んだ記憶のある台詞であるが、思い出せない。識者の御教授を乞う。]

 私は深山木を保護する気持で砂丘をおりて、彼の喜戯している方へ近づいて行った。彼らは鬼ごっこにも飽きたとみえて、今度は、波打ち際に近いところに大きな穴を掘って、三、四人の十歳前後の無邪気な子供たちが、深山木をその中に埋ずめ、上からせっせと砂をかけていた。

「さあ、もっと砂をかけて、足も手もみんな埋めちまわなくちゃ。こらこら、顔はいけないぞ。顔だけは勘弁してくれ」

 深山木はいいおじさんになって、しきりとわめいていた。

「おじさん。そんなにからだを動かしちゃ、ずるいや。じゃあ、もっとどっさり砂をかけてやるから」

 子供らは両手で砂をかき寄せては、かぶせるのだけれど、深山木の大きなからだはなかなか隠れない。

 そこから一間ばかり隔ったところに、新聞紙を敷いて、日傘をさして、きちんと着物をつけた二人の細君らしい婦人が、海にはいっている子供を見守りながら休んでいたが、ときどき深山木たちのほうを見て、アハアハと笑っていた。その二人の婦人たちが深山木の埋ずまっている場所からは一ばん近かった。反対のがわのもっと隔たったところには、派手な海水着の美しい娘さんがあぐらをかいて、てんでに長々と寝そべった青年たちと笑い興じていた。そのほかは、一カ所に腰をすえている人は見当たらなかった。

 深山木のそばを通り過ぎる者は、絶え間もなくあったけれど、たまにちょっと立ちどまって笑って行く人があるくらいで、誰も彼の身近に接近したものはなかった。それを見ていると、こんなところで人が殺せるのだろうかと、やっぱり深山木の恐怖がばかばかしく思われてくるのだった。

「蓑浦君、時間は?」

 私が近づくと、深山木は、まだそれを気にしているらしく尋ねるのだ。

「十一時五十二分。あと八分ですよ。ハハハハ……」

「こうしていれば安全だね。君をはじめ近所にたくさん人が見ていてくれるし、手元に、こう四人の少年軍が護衛している。その上砂のとりでだ。どんな悪魔だって近寄れないね。ウフフフフ」

 彼はやや元気を回復しているように見えた。

 私はその辺を行ったりきたりしながら、さっきチラッと見た諸戸のことが気になるので、広い砂浜をあちらこちらと物色したが、どこへ行ったのか、彼の姿はもう見えなかった。それから、私は深山木のところから二、三間離れた場所に立ちどまって、しばらくのあいだボンヤリと、飛び込み台の青年たちの妙技を眺めていたが、少したって、深山木のほうを振り向くと、彼は子供らの丹誠でもうすっかり埋ずめられていた。砂の中から首だけ出して、眼をむいて空を睨んでいる様子は、話に聞く印度(インド)の苦行者を思い出させた。

[やぶちゃん注:「二、三間」三・七メートルから五メートル半ほど。]

「おじさん、起きてごらんよ。重いかい」

「おじさん、滑稽な顔をしてらあ、起きられないのかい。助けてあげようか」

子供らはしきりと深山木をからかっていた。だが、いくら「おじさん、おじさん」と連呼しても、彼は意地わるく空を睨んだまま、それに応じようともしなかった。ふと時計を見るともう十二時を二分ばかり過ぎていた。

「深山木さん、十二時過ぎましたよ。とうとう悪魔はこなかったですね。深山木さん、深山‥‥‥」

 ハッとして、よく見ると、深山木の様子が変だった。顔がだんだん白くなって行くようだし、大きく見ひらいた眼が、さっきから長いあいだ瞬きをしないのだ。それに、彼の胸の辺の砂の上に、どす黒い斑紋が浮き出して、それがジリジリと、少しずつひろがっているように見えるではないか。子供らもただならぬ気配を感じたのか、妙な顔をしてだまりこんでしまった。

 私はいきなり深山木の首に飛びついて、両手でそれを揺り動かしてみたが、まるで人形の首みたいにグラグラするばかりだった。急いで胸の斑紋のところを搔きのけて見ると、厚い砂の底から小型の短刀の白鞘が現われてきた。その辺の砂が血のりでドロドロになっていたが、なお搔きのけると、短刀はちょうど心臓の部分に、根本までグサリと突きささっていた。

 それからの騒動は、きまりきっていることだから、細叙(さいじょ)を省くけれど、何しろ日曜日の海水浴場での出来事だったから、深山木の変死はまことに晴れがましいことであった。私は何百という若い男女の、好奇の眼を浴びながら、蓆(むしろ)をかぶせた死体のそばで、警官と問答したり、検事の一行がきて、現場の検証がすむと、死体を深山木の家へ運ぶのに付き沿ったり、ひどく恥かしい思いをしなければならなかった。だが、そんな際にもかかわらず、私はその群衆の折り重なった顔のあいだに、ふと諸戸道雄の、やや青ざめた顔を発見して、何かしら強い印象を受けた。彼は黒山のようにむらがった野次馬のうしろから、じつと深山木の死体に眼を注いでいた。死体を運んでいるときにも、私は絶えずうしろの方に物の怪のような彼の気配を感じていた。諸戸が殺人の際、現場付近にいなかったことは明らかなのだから、彼を疑うべきなんらの理由もなかったのだけれど、それにしても諸声のこの異様な挙動は、一体何を意味したのであろうか。

[やぶちゃん注:「晴れがましい」一見、異様な用法であるが、「晴れがましい」には、「あまりに表立ち過ぎていて、気恥ずかしい感じがする」の意があり、ここには凄惨なシークエンスながら、それはある意味、相応しい表現とも言える。]

 それから、もう一つしるしておかねばならぬのは、さして意外なことでもないが、深山木を運んで彼の家にはいったとき、たださえ乱雑な彼の居間が、まるで嵐のあとみたいにめちゃめちゃに取り散らされているのを発見したことである。いうまでもなく曲者が例の「品物」を探すために、彼の留守宅へ忍び込んだものにちがいなかった。

 むろん私は検事の詳細な取り調べを受けた。そのとき私はすべての事情を正直に打ちあけたけれども、虫が知らせたとでもいうのか(この意味は後に読者に明かになるであろう)深山木が脅迫状にしるされた「品物」を私に送ったことだけは、わざとだまっておいた。その「品物」について質問されても、ただ知らぬと答えた。

 取り調べがすむと、私は近所の人の助けを借りて、死者と親しい友人たちに通知をしたり、葬儀の準備をしたり、いろいろ手間取ったので、あとを隣家の細君に頼んで、やっと汽車に乗ったのは、もう夜の八時頃であった。自然、私は諸戸がいつ帰ったのか、彼がそのあいだにどんなことをしたのか少しも知らなかった。

 取り調べの結果、下手人は全く不明であった。死者と遊んでいた子供らは(彼らのうち三人は、海岸近くに住んでいる中流階級の子供で、一人は当日姉につれられて海水浴にきていた東京のものであった)砂に埋ずまっていた深山木の身辺へは、誰も近寄ったものがないと明言した。十歳前後の子供であったとはいえ、人一人刺殺されるのを見逃がすはずはなかった。又、彼から一間ばかりのところに腰をおろしていたかの二人の細君たちも、彼女らは深山木の身辺に近づいたものがあれば、気がつかぬはずはないような地位にいたのだが、そんな疑わしい人物は一度も見なかったと断言した。そのほか、その付近にいた人で、下手人らしい者を見かけたものは一人もなかった。

[やぶちゃん注:「一間」一メートル八十二センチほど。]

 私とても同様に、なんの疑わしい者をも見なかった。彼から二、三間はなれたところに立ち、しばらく若者たちのダイヴィングに見とれていたとはいえ、もし彼に近づき、彼を刺したものがあったとすれば、それを眼の隅に捉え得ぬはずはなかった。まことに夢のように不思議な殺人事件といわねばならぬ。被害者は衆人に環視されていたのである。しかもなんぴとも下手人の影をさえ見なかったのである。深山木の胸深く、かの短刀を突き立てたのは、人間の眼には見ることのできぬ妖怪の仕業であったのだろうか。私はふと、何者かが短刀を遠方から投げつけたのではないかと考えてみた。だが、その時のすべての事情は、全くそんな想像を許さなかった。

 注意すべきことは、深山木の胸の傷口が、そのえぐり方の癖ともいうべきものが、かつての初代の胸のそれと酷似していたことが、のちに取り調べの結果わかってきた。のみならず、兇器の白鞘の短刀が、両方とも同じ種類の安物であったことも明らかにされた。つまり、深山木殺し下手人は、おそらく初代殺しの下手人と同一人物であろうと、推定がついたわけである。

 それにしても、この下手人は、一体全体、どのような魔法を心得ていたのであろうか。一度は全く出入口のない、密閉された家の中へ、風のように忍び込み、一度は衆人環視の雑沓の場所で、数百人の眼をかすめて、通り魔のように逃れ去った。迷信がかったことの嫌いな私であったが、この二つの理外の理を見ては、何かしら怪談めいた恐怖をさえ感じないではいられなかった。

 

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