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« 江戸川乱歩 孤島の鬼(11) 理外の理 | トップページ | 1020000アクセス突破 »

2017/11/10

江戸川乱歩 孤島の鬼(12) 鼻欠けの乃木大将

 

   鼻欠けの乃木大将

 

 私の復讐と探偵の仕事は、今や大切な指導者を失ってしまった。残念なことには、彼は生前彼の探りえたところ、推理した事柄を少しも私に打明けておかなかったので、私は彼の死に会って、全く途方に暮れてしまった。もっとも、彼は二、三暗示めいた言葉を洩らさぬではなかったが、不敏な私にはその暗示を解釈する力はないのだ。

[やぶちゃん注:「不敏な」機敏でないさま。或いは、頭の働きや気の使い方が鈍いさま。通常、多くの場合、自卑表現で用いるが、「不憫」と同音であるから、現代では会話はおろか、文章語としても殆んど使われないと言ってよかろう。]

 それと同時に、一方では、私の復讐事業は、一そう重大さを加えてきた。今や私は、私の恋人のうらみを報いると共に、私の友人であり、先輩であった深山木のかたきをも討(う)たねばならぬ立場に置かれた。深山木を直接殺したものは、かの眼に見えぬ不思議な下手人であったけれど、彼をそのような危険に導いた者は明らかに私であった。私が今度の事件を依頼さえせねば、彼は殺されることはなかったのである。私は深山木に対する申訳のためだけにでも、なにがなんでも、犯人を探し出さないではすまぬことになった。

 深山木は殺される少し前に、脅迫状に書いてあった彼の死の原因となったところの「品物」を書留小包にして私に送ったと言ったが、その日帰ってみると、はたして小包郵便は届いていた。だが、厳重な荷造りの中から出てきたものは、意外にも、一個の石膏像であった。

 それは石膏の上に、絵具を塗って、青銅のように見せかけた、どこの肖像屋にもころがっていそうな、乃木大将の半身像だった。ずいぶん古いものらしく、ところどころ絵具がはげて白い生地が現われ、鼻などは、この軍神に対して失礼なほど滑稽にかけ落ちていた。鼻かけの乃木大将なのだ。ロダンに、似たような名前の作品があったことを思い出して私は変な気持がした。

[やぶちゃん注:私は安っぽい乃木の像の出現によって、前に述べた、本作が漱石の「こゝろ」へのオマージュであることを確信している。試みに、グーグル画像検索乃木大将 胸像をリンクさせておく。それらを安っぽくし、無残に剝げさせ、鼻欠けにしたものを想起すればよろしい。

「ロダンに、似たような名前の作品があった」これはかのフランスの名彫刻家フランソワ=オーギュスト=ルネ・ロダン(François-Auguste-René Rodin 一八四〇年~一九一七年)が若い頃から複数体創った「鼻のつぶれた男」「鼻欠けの男」等と邦訳される作品L'homme Au Nez Cassé(最初期のものは、二十四歳の一八六四年にサロンに出品したが、その自然主義的なリアリズムが受け入れられずに落選している)である。グーグル画像検索L'homme Au Nez Casséをリンクさせておく。]

 むろん、私はこの「品物」が何を意味するのか、なぜ人殺しの原因となるほど大切なのか、まるで想像もつかなかった。深山木は「毀(こわ)さぬように大切に保管せよ」といった。又「それが大切な品だということを他人に悟られるな」ともいった。私はいくら考えても、この半身像の意味を発見することができないので、ともかく死者の指図に従って、人に悟られぬようにわざとがらくたものの入れてある押入れの行李(こうり)の中へ、それをソッとしまっておいた。この品のことは、警察では何も知らぬのだから、急いで届けるにも及ばなかったのだ。それから一週間ばかりのあいだ、心はイライラしながらも、私は深山木の葬儀のために一日つぶしたほかは、なんのなすところもなく、いやな会社勤めをつづけた。会社がひけると欠かさず初代の墓場に詣でた。私は相ついで起こった不思議な殺人事件の顚末を、私のなき恋人に報告したことであったが、すぐ家へ帰っても寝られぬものだから、私は墓参りをすませると、町から町を歩き廻って、時間をつぶしたものである。

 そのあいだ別段の変事もなかったが、二つだけ、はなはだつまらないようなことであるが、読者に告げておかねばならぬ出来事があった。その一つは、二度ばかり、誰かが私の留守中に私の部屋へはいって、机の引出しや本箱の中の品物を、取り乱した形跡のあったことである。私はそんなに几帳面なたちではなかったから、はっきりしたことはいえないのだが、なんとなく部屋の中の品物の位置、たとえば本箱の棚の書物の並べ方などが、私の部屋を出るときの記憶とは違っているように思われたのだ。家内の者に尋ねても、誰も私の持物をなぶった覚えはないということであったが、私の部屋は二階にあって、窓のそとは、他家の屋根につづいているのだから、誰かが屋根伝いに忍び込もうと思えば、全くできないことではないのだ。神経のせいだと打ち消してみても、なんとなく安からぬ思いがするので、もしやと、押入れの行李を調べてみたが、例の鼻かけの乃木将軍は、そのつど別状なく元のところに納まっていた。

[やぶちゃん注:「なぶった」「なぶる」は名古屋弁で「手で触る・弄(いじ)る・弄ぶようにする」の意である(私の妻は名古屋出身であり、亡き義母が盛んにこの語を使っていたのでよく知っている)。乱歩は三重の生まれであるが、明治三〇(一八九七)年、三歳の時に父の転職(この時は郡役所書記から「東海紡織同盟会」の名古屋支部書記長となった。前に示したアイナット氏の「乱歩の世界」の「乱歩年表」に拠る)によって名古屋市園井町に転居し、十八歳になるまで名古屋に住んでいた。]

 それからもう一つは、ある日、初代の墓参りをすませて、いつも歩き廻る場末の町を歩いていたとき、それは省線の鶯谷(うぐいすだに)に近い町であったが、とある空地に、テント張りの曲馬団がかかっていた。古風な楽隊や、グロテスクな絵看板が好ましく、私はその以前にも一度その前にたたずんだことがあったのだが、その夕方何気なく曲馬団の前を通りかかると、意外なことには、かの諸戸道雄が、木戸口から、急ぎ足で出て行く姿を認めたのである。先方では私に気づかぬようであったが、恰好のよい背広姿は、まぎれもなく私の異様な友人諸戸道雄であったのだ。

 そんなことから、なんの証拠もないことであったが、私の諸戸に対する疑いは、ますます深められて行った。彼はなぜ初代の死後、あんなにたびたび木崎の家を訪れたのであるか、なんの必要があって、問題の七宝の花瓶を買い取ったのであるか。また彼がちょうど深山木の殺人現場にまで来合わせていたのは、偶然にしては少々変ではなかったか。そのおりの彼のいぶかしい挙動はどうであったか。それに、気のせいか、彼が彼の家とはまるで方角の違う鶯谷の曲馬団を見にきていたというのも、なんとなく異様な感じがするではないか。

 そうした外面に現われた事柄ばかりでなく、心理的にも諸戸を疑う理由は充分あった。私としては非常に言いにくいことではあるが、彼は私に対して常人にはちょっと想像もできないほど、強い恋着(れんちゃく)を感じているらしかった。それが彼をして、木崎初代に心にもない求婚運動をなさしめた原因であったとしても、さして意外ではなかったのである。さらに、この求婚に失敗した彼が、初代は彼にとっては正しく恋敵だったのだから、感情の激するまま、その恋敵を人知れず殺害したかもしれないという想像も、全く不可能ではなかった。果たして彼が初代殺しの下手人であったとすると、その殺人事件の探偵に従事し、意外に早く犯人の目星をつけた深山木幸吉は、彼にとっては一日も生かしておけぬ大敵であったにちがいない。かくして諸戸は、第一の殺人罪を隠蔽するために引きつづいて第二の殺人を犯さねばならなかったと想像することもできるではないか。

 深山木を失った私は、こんなふうにでも諸戸を疑ってみるほかには、全然探偵の方針が立たなかった。私は熟考を重ねた末、結局、もう少し諸戸に接近して、この私の疑いを確かめてみるほかはないと心を定めた。そこで、深山木の変死事件があってから一週間ばかりたった時分、会社の帰りを、私は諸戸の住んでいる池袋へと志(こころざ)したのである。

 

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