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2017/11/12

江戸川乱歩 孤島の鬼(18) 乃木将軍の秘密

 

   乃木将軍の秘密

 

 何者かは知らぬが、相手が飛道具を持っていて、しかもそれが単なるおどかしでないことがわかっていたものだから、私たちは犯人を追跡するどころか、私も書生や婆やも、青くなってその部屋を逃げ出し、期せずして警察へ電話をかけている諸戸の書斎へ集まってしまった。

 しかし諸戸だけは、比較的勇敢であって、電話をかけ終ると、玄関のほうへ走って行って、大声で書生の名を呼び、提灯をつけてこいと命じた。そうなると、私もじっとしているわけにもいかず、書生を手伝って、提灯を二つ用意し、すでに門のそとへかけ出している諸戸のあとを追ったが、闇夜のため見通しがつかぬので、犯人がどっちへ逃げ去ったのか、全くわからない。それから、もしやまだ邸内に潜伏しているのではないかと、提灯をたよりに、ザッと探してみたが、どこの茂みの蔭にも、建物のくぼみにも、人の姿を見いだすことはできなかった。むろん犯人は、私たちが電話をかけたり、提灯をつけたり、ぐずぐず手間どっていたあいだに、遠く逃げ去ったものにちがいない。私たちは手をつかねて警官の来着を待つほかはなかった。

 しばらくすると、管轄の警察署から数名の警官が駈けつけてくれたが、田舎道を徒歩でやってきたので、可なり時間がたっていて、すぐに犯人を追跡する見込みは立たなかった。近くの電車の駅へ電話をかけて手配するにしても、もうおそ過ぎた。

 第一に到着した人たちが、友之助の死体を調べたり、庭内を念入りに捜索したりしているあいだに、やがて検事局や警視庁からも人がきて、私たちはいろいろと質問を受けた。止むなくすべての事情を打ちあけると、その筋をさしおいて、いらぬおせっかいをするものでないと、ひどく叱りつけられたばかりか、その後もたびたび呼び出しを受けて、何人もの人に同じ答えをくり返さねばならなかった。いうまでもなく私たちの陳述によって、警察を通じて、鶯谷の曲馬団に変事が伝えられ、そこから死体引取りの人がやってきたが、曲馬団の方では、この事件については全く心当たりがないとのことであった。

 諸戸は例の異様な推理――少年軽業師友之助が、二つの事件の下手人だという推理を、警察の人たちにも物語らねばならぬ羽目となったものだから、警察では一応は曲馬団にも手入れをして、厳重に取り調べを行った模様であるが、座員には一人として疑わしい者もなく、やがて曲馬団が鶯谷の興行を打ち上げて、地方へ廻って行ってしまうと同時に、この曲馬団に対する疑いも、そのまま立ち消えとなった様子であった。また、警察は、私の陳述によって八十くらいに見える例の怪老人のことも知ったのであるが、そのような老人は、いかほど捜索しても発見することができなかった。

 十歳のいたいけな少年が二度も殺人罪を犯したり、八十歳のよぼよぼの老翁が最新式のブローニングを発射して、その十歳の少年を殺したなどという考えは、あまりにも荒唐無稽で、かつ幻想的であったためか、常識に富むその筋の人々の満足を買うことができなかったようである。それには諸戸が、帝国大学の卒業生ではあったけれど、官途(かんと)にもつかず、開業もせず、奇怪千万な研究に没頭していたのだし、また、私はといえば、恋に狂った文学青年みたいな男だったものだから、警察では私たちを一種の妄想狂――復讐や犯罪探偵に夢中になった変り者――というふうに解釈したらしく、邪推かも知れぬけれど、諸戸のかの条理整然たる推理をも、妄想狂の幻として、まじめには聞いてくれなかったように思われた(十歳やそこいらの子供の、チョコレートに引かされての自白などは、警察ではまるで問題にしなかった)。つまり、警察は警察自身の解釈によって、この事件の犯人を探したらしいのだ。しかし、結局これという容疑者さえもあがらず、そのままに一日一日と日がたって行くのであった。

 曲馬団からは、損害賠償という意味で、多額の香奠(こうでん)をまき上げられるし、警察からはひどく叱られた上に、探偵狂扱いにされるし、諸戸はこの事件にかかり合ったばっかりに、さんざんな目にあわされたのであるが、しかし、彼はそのために元気を失うようなことはなく、かえって一層熱心を増したかに見えた。

 のみならず、警察が妄想的な諸戸の説を信じなかったと同じ程度に、諸戸の方でもかかる事件に対してはあまりにも実際的過ぎる警察の人々を度外視しているらしく思われた。その証拠には、私はその後、深山木幸吉の受け取った脅迫状にしるされてあった「品物」のこと、それを深山木が私に送るといったこと、送ってきたのは意外にも一箇の鼻かけの乃木将軍であったことなどを、諸戸に打ちあけたのだが、諸戸は取り調べの時それについては一言も陳述せず、私にもいってはならぬと注意を与えたほどである。つまり、この一連の事件を、彼自身の力で徹底的に調べ上げようとしているらしく見えた。

 当時の私の心持をいうと、初代殺しの犯人に対する復讐の念は、当初と少しも変らなかったが、一方では事件が次々と複雑化し、予想外に大きなものになって行くのを、茫然と見守っている形であった。殺人事件が一つずつ重なって行くに従って、真相がわかってくるどころか、反対に、ますます不可解なものになって行くのを、あまりのことに、そら恐ろしく感じていた。

 また諸戸道雄の思いがけぬ熱心さも、私にとっては理解しがたい一つの謎であった。先にもちょっと述べたことがあるが、彼がいかに私を愛していたからといって、また探偵ということに興味を持っていたからといって、これほどまで熱心になれるものではなく、それには何かもっと別の理由があったのではないかと、疑われさえしたのである。

 それはともかく、少年惨殺事件があってから数日というものは、私たちの周囲もゴタゴタしていたし、正体のわからぬ敵に対する恐れに、私たちの心も騒いでいたので、むろん私はたびたび諸戸を訪問してはいたのだけれど、ゆっくり善後策を相談するほど、お互いに落ちついた気持になれなかった。私たちが次にとるべき手段について語り合ったのは、そんなわけで、友之助が殺されてから数日も経過したころであった。

 その日も、私は会社を休んで(事件以来、会社の方はほとんどお留守になっていた)、諸戸の家を訪ねたのであるが、私たちが書斎で話し合っているとき、彼は大体次のような意見を述べたのである。

「警察の方では、どの程度まで進んでいるのか知らぬが、あまり信頼できそうもないね。この事件は、僕の考えでは、警察の常識以上のものだと思う。警察は警察のやり方で進むがいいし、僕たちは僕たちで一つ研究してみようじゃないか。友之助が真犯人の傀儡(かいらい)にすぎなかったように、友之助を撃った曲者も同じ傀儡の一人かもしれない。元兇は遠いもやの中に全く姿を隠している。だから、漫然と元兇を尋ねたところで、多分無駄骨に終るだろう。それよりも、近道は、この三つの殺人事件の裏には、どんな動機が潜んでいるか。何がこの犯罪の原因となったか、ということを確かめることだと思う。君の話によると、深山木氏が殺される前受取った脅迫状に『品物』を渡せという文句があった。おそらく犯人にとってはこの『品物』がなにびとの命にかえても大切なものであって、それを手に入れるために今度の事件が起こったと見るべきであろう。初代さんを殺したのも、深山木さんを殺したのも、君の部屋へ何者かが忍び込んで家探しをしたらしいのも、すべてこの『品物』のためだよ。友之助を殺したのは、むろん元兇の名前を知られたくないためだ。ところで、その『品物』は仕合わせと、いま僕らの手にはいっている、鼻かけの乃木将軍にどれほどの値打ちがあるか全くわからぬけれど、ともかく、彼らの『品物』というのは、乃木将軍の石膏像に違いないらしい。だから僕らはさしずめ、この変てこな石膏像を調べてみなくてはなるまいね。この『品物』については警察は何も知らないのだから、僕らは非常な手柄を立てることができぬものでもない。それについてね、僕の家や君の家は、もう敵に知られていて危険だから、別に人知れず僕らの探偵本部を作る必要がある。実はそのために、僕は神田のあるとろに、ちゃんと部屋を借りておいたよ。あす、君は例の石膏像を古新聞に包んで、つまらない品のように見せかけ、用心のため車に乗って、そこの家へきてくれたまえ。僕は先に行っているから、そこでゆっくり石膏像を調べて見ようじゃないか」

 私はいうまでもなく、この諸戸の意見に同意して、その翌日打ち合わせた時間に、自動車を雇って、神田の教えられた家へ行った。それは神保町近くの学生町の、飲食店のゴタゴタと軒を並べた、曲りくねった細い抜け裏のようなところにある、一軒のみすぼらしいレストランで、二階の六畳が貸間になっていたのを、諸戸が借り受けたものであった。私が急な梯子を上がって行くと、大きな雨漏りのあとのついた壁を背にして、赤茶けた畳の上に、いつになく和服姿の諸戸が、ちゃんと坐って待っていた。

「汚ない家ですね」

 といって私が顔をしかめると、

「わざとこんな家を選んだのさ。下は洋食屋だから、出入りが人目につかぬし、このゴタゴタした学生町なら、ちょっと気がつくまいと思ってね」

 諸戸はさも得意らしく言った。

 私はふと、小学生の時分によくやった探偵遊戯というものを思い出した。それは普通の泥棒ごっこではなくて、友だちと二人で、手帳と鉛筆を持って、深夜、さも秘密らしく近くの町々を忍び歩き、軒並みの表札を書き留めてまわり、何町の何軒目にはなんという人が住んでいるということを諳(そら)んじて、何か非常な秘密を握った気になって喜んでいたものである。その時の相棒の友だちというのが、ばかにそんな秘密がかったことが好きで、探偵遊びをするにも、彼の小さな書斎を探偵本部と名づけて、得意がっていたのだが、いま諸戸がこのような、いわゆる「探偵本部」を作って得意がっているのを見ると、三十歳の諸戸が、当時の秘密好きな変り者の少年みたいに思われ、私たちのやっていることが子供らしい遊戯のようにも感じられるのであった。

 そして、そんな真剣の場合であったにもかかわらず、私はなんだか愉快になってきた。諸戸を見ると、彼にも、どうやら浮き浮きとした、子供らしい興奮が現われている。若い私たちの心の片隅には、確かに秘密を喜び、冒険を楽しむ気持があったのだ。それに諸戸と私との関係は、単に友だちという言葉では言い表わせない種類のものであった。諸戸は私に対して不思議な恋愛を感じていたし、私の方では、むろんその気持をほんとうには理解できなかったけれど、頭だけではわかっていた。そして、それが、普通の場合のようにひどくいやな感じではなかった。彼と相対していると彼か私かどちらかが異性ででもあるような、一種甘ったるい匂いを感じた。ひょっとすると、その匂いが、私たち二人の探偵事務を一層愉快にしたのかもしれないのである。

 それはともかく、諸戸はそこで、例の石膏像を私から受け取って、しばらく熱心に調べていたが、造作もなく謎を解いてしまった。

「僕は石膏像そのものには、なんの意味もないことを、あらかじめ知っていた。なぜといって、初代さんは、こんなものを持っていなかったけれど、殺されたのだからね。初代さんが殺されたとき盗まれたのは、チョコレートを別にすれば、手提げ袋だけだが、手提げの中へこの石膏像ははいらない。とすると何かもっと小さなものだ。小さなものなれば、石膏像の中へ封じこむことができるからね。ドイルの小説に『六個のナポレオン像』というのがある。ナポレオンの石膏像の中へ宝石を隠す話だ。深山木さんは、きっとあの小説を思い出して、例の『品物』を隠すのに応用したものだよ。ホラ、ナポレオン、乃木将軍、非常に連想的じゃないか。で、いま調べてみるとね、汚れているので目だたぬけれど、この石膏は確かに一度二つに割って、また石膏で継ぎ合わせたものだよ。ここに、その新しい石膏の細い線が見える」

[やぶちゃん注:「六個のナポレオン像」現行の一般的な邦訳題は「六つのナポレオン」「六つのナポレオン像」(原題は“The Adventure of the Six Napoleons”)。コナン・ドイルが一九〇四年に発表したシャーロック・ホームズ・シリーズの短編物の一つで、五十六篇ある短編物の中では三十二番目に発表されたもの。翌一九〇五年に発行されたホームズの第三短編集「シャーロック・ホームズの帰還」(原題“The Return of Sherlock Holmes”)に収録された。]

 言いながら、諸戸は石膏のある個所を、指先に唾をつけてこすって見せたが、なるほどその下に継ぎ目がある。

「割ってみよう」

 諸戸は、そういったかと思うと、いきなり石膏像を柱にぶっつけた。乃木将軍の顔が、無惨にもこなごなになってしまった。

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