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2017/11/09

江戸川乱歩 孤島の鬼(3) 異様なる恋

 

   異様なる恋

 

 私と木崎初代との間柄は日と共に深くなっていった。それからひと月ばかりたって、同じホテルに二度目の夜を過したときから、私たちの関係はさきの夜の少年の夢のように、美しいばかりのものではなくなっていた。私は初代の家を訪ねて、彼女のやさしい養母とも話をした。そして間もなく、私も初代も、銘々の母親に、私たちの意中を打ちあけるようにさえなった。母親たちにも別段積極的な異議があるらしくはなかった。だが、私たちはあまりにも若かった。結婚というような事柄は、もやを隔てて遠い遠い向こう岸にあった。

[やぶちゃん注:因みに、江戸川乱歩は作家デビューをする前(経営していた古本屋を畳んで、支那そば屋を開業していた)の大正八(一九一九)年十一月に満二十五歳の時に村山隆子と結婚しているが、当時は彼の生涯の中で貧窮の極みの時期に当たっている。彼が『新青年』に掲載された「二銭銅貨」で小酒井不木の推薦文付きで作家デビューするのは、その四年後の大正一二(一九二三)年のことである。]

 若い私たちは、子供が指切りをするようなまねをして、幼い贈り物を取りかわしたものである。私は一カ月の給料をはたいて、初代の生れ月に相当する、電気石をはめた指環を買い求めて、彼女に贈った。それを私は映画で覚えた手つきで、ある日、日比谷公園のベンチの上で、彼女の指にはめてやったのである。すると初代は子供みたいに、それを嬉しがって(貧乏な彼女の指にはまだ一つの指環さえなかったのだ)しばらく考えていたが、

「ああ、私、思いついたわ」

 彼女はいつも持っている、手提げの口をひらきながら、

「わかる? 私いま、何をお返しにすればいいかと思って、心配していたのよ。指環なんて、私買えないでしょう。でも、いいものがあるわ。ホラ、いつかもお話しした私の知らないお父さまやお母さまの、たった一つの形見の、あの系図書きよ。私、大切にして、外出する時にも、私のご先祖から離れないように、いつもこの手提げに入れて持っていますのよ。でも、これ一つが私と、どっか遠い所にいらっしゃるお母さまを、結びつけているのかと思うと、どんなことがあっても手離す気がしないのだけれど、ほかにお贈りするものがないのですから、私の命から二番目に大切なこれを、あなたにお預けしますわ。ね、いいでしょ。つまらない反古(ほご)のようなものですけれど、あなたも大切にしてね」

[やぶちゃん注:「電気石」「でんきせき」と読む。宝石として知られるトルマリン(tourmaline)のこと。ケイ酸塩鉱物のグループ名で、結晶を熱すると、電気を帯びることからかく称する。参照したウィキの「トルマリンによれば、十月の『誕生石である。石言葉は「希望・潔白・寛大・忍耐」。世界的に見ると多産な鉱物であるが、稀にある含銅リシア電気石に関しては、宝石としてのいわゆる「パライバ・トルマリン」として希産宝石として珍重される』。『無色、紫色、青色、緑色、黄色、褐色、赤色、ピンク、黒色など多彩な色合いがあり、別々の石と考えられたため、色により』それぞれに違った勝手な『名前が付けられている』とある。]

 そして、彼女は手提げの中から、古めかしい織物の表紙のついた、薄い系図帳を取り出して、私に渡したのである。私はそれを受取って、バラバラとめくってみたが、そこには昔風な武張(ぶば)った名前が、朱線でつらねてあるばかりであった。

[やぶちゃん注:「武張った」武士・武人のように勇ましい感じの、或いは、堅苦しいところのある、の意。]

「そこに樋口って書いてあるでしょ。わかって。いつか私がタイプライターでいたずらして、あなたに見つかった名前。ね、私、木崎っていうよりも、樋口の方がほんとうの私の名前だと思っているものですから、あの時あなたに樋口って呼ばれて、つい返事してしまったのよ」

 彼女はそんなことをいった。

「これ、つまらない反古のようですけれど、でも、いつかずいぶん高い値をつけて買いにきた人があるのよ。近所の古本屋ですの。お母さんがふと口をすべらせたのを、どっからか聞き込んできたのでしょう。でもどんなにお金になっても、こればかりは譲れませんって、おことわりしましたの。ですから、まんざら値打のないものでもありませんわねえ」

 彼女はまた、そんな子供らしいことをいった。

 いわば、それがお互いの婚約の贈り物であったのだ。

 だが、間もなく、私たちにとって少々面倒な事件が起こった。それは、地位にしろ、財産にしろ、学殖にしろ、私とは段違いの求婚者が、突然、初代の前に現われたことであった。彼は、有力な仲人(なこうど)を介し、初代の母親に対して、猛烈な求婚運動をはじめたのである。

 初代がそれを母親から聞き知ったのは、私たちが例の贈り物を取りかわした、ちょうど翌日であったが、実はといって母親が打ちあけたところによると、親戚関係をたどって、求婚の仲介者が母親の所へ来はじめたのは、すでに一カ月も以前からのことだというのであった。私はそれを聞いて、いうまでもなく驚いたが、だが私の驚いたのは、求婚者が私よりは数段立ちまさった人物であったことよりも、また初代の母親の心がどうやらその人物の方へ傾いているらしいことよりも、初代に対する求婚者というのが、私と妙な関係を持っている、かの諸戸道雄その人であったことである。この驚きは、ほかのもろもろの驚きや心痛をうち消してしまったほど、ひどかったのだ。

 なぜそんなに驚いたかというに、それについては、私は少しばかり恥かしいうちあけ話をしなければならないのであるが……

 先にもちょっと述べたように、科学者諸戸道雄は、私に対して、実に数年の長いあいだ、ある不可思議な恋情をいだいていた。そして、私はというと、むろんそのような恋情を理解することはできなかったけれど、彼の学殖なり、一種天才的な言動なり、又異様な魅力を持つ容貌なりに、決して不快を感じてはいなかった。それゆえ彼の行為がある程度を越えない限りにおいては、彼の好意を、単なる友人としての好意を、受けるにやぶさかではなかったのである。

 私は実業学校の四年生であったころ、家の都合もあったのだが、むしろ大部分は私の幼い好奇心から、同じ東京に家庭を持ちながら、私は神田の初音館(はつねかん)という下宿屋に泊っていたことがあって、諸戸はそこの同宿人として知り合ったのが最初であった。年齢は六つも違って、そのとき私は十七歳、諸戸は二十三歳であったが、彼の方から誘うままに、何しろ彼は大学生でしかも秀才として聞こえていたほどだから、私はむしろ尊敬に近い気持で、喜んで彼とつき合っていたわけである。

 私が彼の心持を知ったのは、初対面から二カ月ばかりたったころであったが、それは直接彼からではなく、諸戸の友人たちのあいだの噂話からであった。「諸戸と蓑浦(みのうら)は変だ」と盛んに言いふらす者があったのだ。それ以来注意してみると、諸戸は私に対する時に限って、その白い頰のあたりに微かな羞恥の表情を示すことに気づいた。私は当時子供であったし、私の学校にも、遊戯に近い感じでは、同じような事柄が行われていたので、諸戸の気持を想像して、独り顔を赤くするようなことがあった。それはそんなにひどく不快な感じではなかった。

[やぶちゃん注:ここで初めて、本篇の話者である主人公の名が記される。]

 彼はよく私を銭湯に誘ったことを思い出す。そこでは、きっと背中の流しっこをしたものであるが、彼は私のからだを石鹸のあぶくだらけにして、まるで母親が幼児に行水でも使わせるように、丹念に洗ってくれたものである。最初のあいだは、私はそれを単なる親切と解していたが、後には彼の気持を意識しながら、それをさせていた。それほどのことでは、別段私の自尊心を傷つけなかったからである。

 散歩のときに手を引き合ったり、肩を組み合うようなこともあった。それも私は意識してやっていた。時とすると、彼の指先が烈しい情熱をもって私の指をしめつけたりするのだけれど、私は無心を粧(よそお)って、しかし、やや胸をときめかしながら、彼のなすがままに任せた。といって、決して私は彼の手を握り返すことはしなかったのである。

 また、彼がそのような肉体的な事柄ではなく、私に親切を尽したことはいうまでもなかった。彼は私にいろいろ贈り物をした。芝居や映画や運動競技などにも連れて行ってくれた。私の語学を見てくれた。私の試験の前などには、わがことのように骨折ったり心配したりしてくれた。そのような精神的な庇護(ひご)については、今もなお彼の好意を忘れかねるほどである。

 だが私たちの関係が、いつまでもその程度にとどまっているはずはなかった。ある期間を過ぎると、しばらくのあいだ、彼は私の顔さえ見れば憂欝になってしまって、だまって溜息ばかりついているような時期がつづいたが、やがて彼と知合って半年もたったころ、私たちの上に、ついに或る危機がきたのだった。

 その夜、私たちは下宿の飯がまずいといって、近くのレストランへ行って、一緒に食事をしたのだが、彼はなぜか、やけのようになって、したたか酒をあおり、私にも呑めといって聞かぬのだ。むろん私は酒なんか呑めなかったけれど、勧められるままに二、三杯口にしたところが、忽ちカッと顔が熱くなり、頭の中にブランコでもゆすっているような気持で、何かしら放縦なものが心を占めて行くのを感じはじめた。

 私たちは肩を組み合い、もつれるようにして、一高の寮歌などを歌いながら、下宿に帰った。

「君の部屋へ行こう。君の部屋へ行こう」

 諸戸はそういって、私を引きずるようにして、私の部屋へはいった。そこには私の万年床が敷き放しになっていた。彼につき倒されたのであったか、私が何かにつまずいたのであったか、私はいきなり、その万年床の上にころがったのである。

 諸戸は私の傍に突っ立って、じつと私の顔を見おろしていたが、ぶっきらぼうに、

「君は美しい」

 といった。その刹那(せつな)、非常に妙なことをいうようだけれど、私は女性に化して、そこに立っている、酔いのために上気はしていたけれど、それゆえに一層魅力を加えたこの美貌の青年は、私の夫であるという、異様な観念が私の頭をかすめて通り過ぎたのである。

 諸戸はそこに膝まずいて、だらしなく投げ出された私の右手を捉えていった。

「あつい手だね」

 私も同時に火のような相手の掌(てのひら)を感じた。

 私がまっ青になって、部屋の隅に縮み込んでしまった時、みるみる諸戸の眉間(みけん)に、取返しのつかぬことをしたという、後悔の表情が浮かんだ。そして喉につまった声で、

「冗談だよ。冗談だよ、今のは噓だよ。僕はそんなことはしないよ」

 といった。

 

[やぶちゃん注:「噓」は底本の用字。]

 それから、しばらくのあいだ、私たちは銘々そっぽを向いて、だまり込んでいたが、突然カタンという音がして、諸戸は私の机の上に俯伏してしまった。両腕を組み合わせた上に顔をうずめて、じっとしている。私はそれを見て、彼は泣いているのではないかと思った。

「僕を軽蔑しないでくれたまえ。君は浅間(あさま)しいと思うだろうね。僕は人種が違っているのだ。すべての意味で異人種なのだ。だが、その意味を説明することができない。僕は時々一人で怖くなって慄え上がるのだ」

 やがて彼は顔を上げてそんなことをいった。しかし彼が何をそんなに怖がっているのか、私にはよく理解できなかった。ずっと後になってある場面に遭遇するまでは。

 私が想像した通り、諸戸の顔は、涙に洗われたようになっていた。

「君はわかっていてくれるだろうね。わかってさえいてくれればいいのだよ。それ以上望むのは僕の無理かも知れないのだから。だが、どうか僕から逃げないでくれたまえ。僕の話相手になってくれたまえ。そして僕の友情だけなりとも受け入れてくれたまえ。僕が独りで思っている、せめてもそれだけの自由を僕に許してくれないだろうか。ねえ、蓑浦君、せめてそれだけの……」

 私は強情に押しだまっていた。だが、かきくどきながら、頰に流れる諸戸の涙を見ているうちに、私もまた瞼のあいだに熱いものがもり上がってくるのを、どうすることもできなくなってしまった。

 私の気まぐれな下宿生活は、この事件を境にして中止された。あながち諸戸に嫌悪を感じたのではなかったが、二人のあいだにかもされた妙な気まずさや、内気な私の羞恥心が、私をその下宿にいたたまれなくしたのである。

 それにしても、理解し難きは諸戸道雄の心であった。彼はその後も異様な恋情を棄てなかったばかりか、それは月日がたつに従って、いよいよこまやかに、いよいよ深くなりまさるかと思われた。そして、たまたま逢う機会があれば、それとなく会話のあいだに、多くの場合は、世にためしなき恋文のうちに、彼の切ない思いをかきくどくのであった。しかもそれが私の二十五歳の当時までつづいていたというのは、あまりにも理解し難き彼の心持ではなかったか。たとえ、私のなめらかな頰に少年のおもかげが失せなかったにもしろ、私の筋肉が世のおとなたちのように発達せず、婦女子の如く艶(つやや)かであったにもしろ。

 そういう彼が、突如として、人もあろうに私の恋人に求婚したというのは、私にとって、はなはだしい驚きであった。私は彼に対して恋の競争者として敵意を抱く前に、むしろ一種の失望に似たものを感じないではいられなかった。

「もしや……もしや彼は、私と初代との恋を知って、私を異性に与えまいために、私を彼の心の内にいつまでも一人で保っておきたいために、みずから求婚者となって、私たちの恋を妨げようと企てたのではあるまいか」

 自惚(うぬぼ)れの強い私の猜疑心は、そんな途方もないことまでも想像するのであった。

 

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