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2017/12/01

ジョナサン・スイフト原作 原民喜譯 「ガリヴァー旅行記」(やぶちゃん自筆原稿復元版) 飛ぶ島(ラピュタ)(7) 「七章   幽靈の島」(1)

 

七章   幽靈の島

 

 私は學士院を見物すると、もうこれ以上、この國にとどまゐても→ゐても〕しかたがないと思ひ、またイギリスへ帰りたくなりました。私はヨーロツパへの帰り途に、ラグナグ島へ寄つてみようと思ひました。そして〕〔太公には〔この貴族にはいろいろ世話になつたのですが、私がこの國を立去〔いよいよ出發す〕ることになると、大変な土産物まで呉れました。〕。私は荷物を運ばせるために、騾馬を二匹、それに案内人を一人傭ひました。そして私は帰り途には一つラグナグ島へ寄つて〔それから日本へも寄つて〕みようと思つてゐました〔考へたのです。〕ました。それからできれば、更に日本へ〔も〕寄つてみたいと思ひました。さて、マルドナーダといふ港に着いてみると、〔生憎、〕ラグナグ島行の船は當分出さうもないといふことがわかりました。そこで私はその港町〔に〕しばらく滯在することになりました。そのうち二三の知合もでき、みんな私に親切にしてくれました。ラグナグ島行が出るまでには〔、〕まだ一月はあるときいて、私は〔、そこから五リーグばかりのところにある〕グラブダブドリブといふ島を訪ねることにしました。それは、〔この町の〕一流の紳士が〔、〕小帆船を一隻仕立てて、私と一しよに行つてくれました。

[やぶちゃん注:現行版では表題は『三、幽霊の島』となっている。また、以上は原稿の挿入指示の校正記号によって整序したものであるが、以下に示す現行版とは順序が異なっている。

   *

 私は学士院を見物すると、もうこれ以上、この国にいても仕方がないと思い、また、イギリスへ帰りたくなりました。私はヨーロッパへの帰り途に、ひとつラグナグ島へ寄ってみようと考えていました。それから、さらに日本へも寄ってみたいと思いました。

 私は荷物を運ばせるために、騾馬を二頭、それに案内人を一人やといました。あの貴族には、いろいろ世話になったのですが、私がいよいよ出発することになると、大へんな土産物までくれました。

 ところで、マルドナーダという港に着いてみると、あいにく、ラグナグ島行きの船は当分出そうもないということがわかりました。そこで、私はその港町に、しばらく滞在することになりました。そのうち二三の知合いも出来、みんな私に親切にしてくれました。ラグナグ島行きが出るまでには、まだ一月はあると聞いて、私は、そこから五リーグばかりのところにある、グラブダブドリブという島を訪ねることにしました。この町の一流の紳士が、小帆船を一隻仕立てゝ、私と一しょに行ってくれました。

   *

「騾馬」哺乳綱奇蹄目ウマ科ウマ属ラバ Equus asinus × Equus caballusのロバ(学名の前者)とのウマの交雑種の家畜。北米・アジア(特に中国)・メキシコに多く、スペインやアルゼンチンでも飼育されている。二親の孰れよりも優れた部分を特徴として持つことから、雑種強勢の代表例とされるが、不妊である。

「五リーグ」既出既注であるが、再掲する。ヤード・ポンド法の単位であるが、時代によって一定しないものの、凡そ、一リーグ(league)は三・八~七・四キロメートルの範囲内にある。本書公刊よりもずっと後、イギリスで十九世紀頃に定められた現在の「一リーグ」は「三マイル」で「約四・八二八キロメートル」である。但し、海上では「一リーグ」を「三海里(nautical mile:ノーティカル・マイル:現在の国際海里では一八五二メートルに規定)」として使うこともあるので、前者ならば二十四キロメートルほど、後者の海里換算なら九キロメートル強となる。]

 〔ところでこの〕グラブダブドリブといふ名前は、魔法使の島といふ意味なのでした。この島は酋長がゐて治めていましたが、住民は一人のこらず魔法使でした。島で一番年長者が酋長になることになつてゐて、酋長は立派な宮殿に住んでゐます。その庭園の中には〔、〕家畜、穀物、園芸などのために、小さな区切りが作つてあります。

 酋長とその家族が使つてゐる、召使といふのが〔、〕實に奇妙なのでした。酋長は〔、〕魔法を使つて、死人の中から誰でも好きな者を呼出すことができます。〔そして〕二十四時間限り、(それ以上は駄目でしたが。)呼び出した死人を〔、〕召使として使ひます。だが、一度呼出して使つたら、〔まづ〕その召使は〔、〕三ケ月間は呼出せないことになつてゐました。

[やぶちゃん注:これは所謂、アフリカの原始信仰や、ハイチ・南米などで信じられているブードゥー教の死体のままに蘇り、奴隷として使役される「ゾンビ(英語:Zombie)」の伝承をスイフトは用いたものだろう。ウィキの「ゾンビ」から引いておく。『「生ける死体」として知られており、ブードゥー教のルーツであるヴォドゥンを信仰するアフリカ人は霊魂の存在を信じている。こちらについては「目に見えないもの」として捉えている。 「ゾンビ」は、元はコンゴで信仰されている神「ンザンビ(Nzambi)」に由来する。「不思議な力を持つもの」はンザンビと呼ばれており、その対象は人や動物、物などにも及ぶ。これがコンゴ出身の奴隷達によって中米・西インド諸島に伝わる過程で「ゾンビ」へ変わっていった』。『この術はヴードゥーの司祭の一つであるボコにより行われる。ボコの生業は依頼を受けて人を貶める事である。ボコは死体が腐り始める前に墓から掘り出し、幾度も死体の名前を呼び続ける。やがて死体が墓から起き上がったところを、両手を縛り、使用人として農園に売り出す。死体の魂は壷の中に封じ込まれ、以後ゾンビは永劫に奴隷として働き続ける。死人の家族は死人をゾンビにさせまいと、埋葬後』三十六『時間見張る、死体に毒薬を施す、死体を切り裂くなどの方策を採る。死体に刃物を握らせ、死体が起き出したらボコを一刺しできるようにする場合もあるという』。『もちろん、名前を呼ばれて死体が蘇るはずもなく、農民達による言い伝えに過ぎない。現在でも、ヴードゥーを信仰しているハイチなどでは、未だに「マーケットでゾンビを見た」などの話が多い。また、知的・精神的障害者の様子がたまたま死者に似ていたケースを取り上げ、「死亡した人がゾンビ化される事例がある」などとされることもある』。『実際にゾンビを作るにあたってゾンビ・パウダーというものが使用される。ゾンビ・パウダーの起源はナイジェリアの少数民族であるエフェク人やカラバル人にあるとされる。西アフリカ社会では伝統的な刑法としてこの毒が用いられており、これが奴隷達により西インド諸島に持ち込まれた。一般に、「ゾンビ・パウダーにはテトロドトキシンが含まれている」と言われている。この毒素を対象者の傷口から浸透させる事により仮死状態を作り出し、パウダー全量に対する毒素の濃度が丁度よければ薬と施術により蘇生し、濃度が高ければ死に至り、仮死状態にある脳(前頭葉)は酸欠によりダメージを負うため、自発的意思のない人間=ゾンビを作り出すことが出来る。ゾンビと化した人間は、言い成りに動く奴隷として農園などで使役され続けた』。『これらは民族植物学者、ウェイド・デイヴィスが自著』『で提唱した仮説であり、実際は事実に反する事項や創作が多く、例えばゾンビ・パウダーに使われているのはフグの仲間であるハリセンボンと言われるが、ハリセンボンはテトロドトキシンを持っていない。また、テトロドトキシンの傷口からの浸透によって仮死状態にするという仮説には無理があるとの指摘もある』。『「ゾンビ化」とは、嫌われ者や結社内の掟を破った者に社会的制裁を加えるための行為であり、この場合の「死者」とは生物的なものではなく、共同体の保護と権利を奪われる、つまり「社会的な死者として扱われる」ことであると』、何人かの『人類学者は、ゾンビに関する研究の早い時期から論じていた』。『イギリス人の人類学者、ローランド・リトルウッド』『はハイチに渡って詳細なるデータを取り、ゾンビの存在を全否定している。』一九九七『年に、「マーケットに死んだはずの息子がゾンビとなって歩いていた」と言ってふらふら歩いている人物を自宅に連れ帰った父親の報告があり、その息子とされた人物を医学的に検査したところ、死んだ形跡が全くなかった。また、その人物には知的障害があり、DNA検査によって父親と親子関係のない他人の空似だったことが判明した。その他も同様に、他人の空似のケースばかりであったことが報告されている』とある。因みに、私はゾンビ・パウダーにテトロドトキシンが含まれているという説に興味を持ち、幾つかのテトロドトキシンの研究者の論文も読んだことがある。]

 私たちが、この島へ着いたのは〔、〕朝の十一時頃でしたが、つれ〔件の〕の紳士は早速酋長のところへ行つて、

 「實は外囗人が一人、閣下にお目にかかりたくて、わざわざやつて來たのですが、一つ會つてやつて下さいませんか」

 と賴みました。

 早速それは許されたので、私たちは宮殿の門を潛つて行きました。門の兩側には、ひどく昔風の服裝〔ヨロイカブト〕を〔着〕た兵士がズラリと並んでゐます。そして〔その兵〕士たちの顏つきが〔は〕何ともいへない恐ろしい顏つきをしてゐるので、私は思はずゾツと寒気がしました。私たちは部屋を幾つ〔二つ〕三つ通り拔けましたが、どの部屋にも〔、〕同じやうな無氣味な恰好の兵士が並んでゐます〔ました〕。

[やぶちゃん注:原稿の左罫外には大きな字で「兜」と「鎧」の字が書きこんである。因みに、現行版はともに漢字表記である。]

 やがて、酋長の室に來ると、私たちは三度頭を下げて、おじぎをしました。それから、挨拶がすむと、酋長の席から一番下の段のところにある椅子に〔、〕私たちは腰をおろしました。

 この酋長は〔、〕飛島の言葉をよく知つてゐました。それで〔〕私に〔、〕旅行の話を〔〕少し聞かせてほしい〔、〕と云ひます。そして、彼は、

 「うん、召使たちは居ない方がいいな。」と云ひながら、ヒヨイと指を動かしました。

 すると、今まで、酋長のまはりにゐた召使たちが、〔一ぺんに〕すーつと消えてしまひました。私はびつくりして、暫くは口もきけませんでした。

 「いや、何でもないのですよ、〔怖〕がることはありません」

 と酋長は云〔つてくれ〕ます。〔見ると〕私のつれの紳士は、度々これに〔こんなこと〕には馴れてゐるらしく、一向に心配〔まるで平〕気な顏をしてゐました。それで、私もやつと安心して、〔それから〕旅行の話を手短に話しました。

 それでも〔、〕私は話しながら、時時〔どうも気になつて、〕あの召使たちが消えてしまつたあたりを振返つて見〔てゐ〕ました。

 それから〔私たちは〕酋長と一緒に食事をしました。すると〔、〕今度は〔また〕別の幽靈どもが〔、〕食事を運んで來て〔、〕給仕してくれるのでした。〔それを見て〕も、私はもう〔、〕最初ほど〔、〕ビクビクしなくなつてゐました。夕方まで〔〕私たちは〔酋長のところに〕ゐました。〔彼は〕泊つてゆけとすすめられましたが、無理に歸りました。私たちは〔、〕島の民家に泊り、翌朝になると〔、〕また酋長のところへ訪ねて行きました。

 こんな風にして、私たちは十日間、この島にゐました。〔それから〕毎日、酋長のところへ行つて、夜は〔、〕民家の宿へもどるのです。私は幽靈にも馴れてしまつたので、もう三四回目から平気になりました。いや、怖いのはまだ少し怖かつたのですが、それよりも、とにかく〔これが〕珍しくてたまらな〔くな〕つてゐたのです。

 酋長は私にこんなことを云ひだしました。

 「〔私は世界が始まつて以來、今日まで、どんな死人でも〔、〕呼び出せ〔すことができ〕ます。だから〕な誰でも死人のなかから、あなたの好きな人間を呼出してあげますから、〔。そして、〕、なんでも、〔あなたが〕訊きたいと思ふこと質問に 答へ〔ことをきけば死人に返事〕させてあげます。世界始まつて以來今日までけれども、〔質問は〕死人がこの世に生きてゐた間のことだけに限ります、ただ、死人は決して噓はつかないから、これだけは安心してきかれます。」

[やぶちゃん注:酋長の台詞は挿入校正記号によって整序したが、かなり錯綜している。以下に現行版を示す。

   *

「私は誰でも死人の中から、あなたの好きな人間を呼び出してあげます。そして、何でも、あなたが聞きたいと思うことを聞けば、死人に返事させます。世界はじまって以来、今日まで、どんな死人でも、呼び出すことができます。」

   *

御覧の通り、内容がカットされていることが判る。本原稿の方が、よい。]

 私は酋長の〔厚〕意を〔たいへん〕有り難く思ひました。丁度私たちのゐた部屋〔か〕らは、庭園がすつかり見渡せるやうになつてゐました。私はまづ最初に、何か雄大なものが見たいと思いました。

「それではひとつ、アレキサンダー大王が戰場に立つてゐる姿を見たいと賴みました。〔せて下さい」と私は云ひました。〕

 〔すると、〕酋長は指先をちよつと動かして合図しました。すると、私たちのゐる窓の下の庭園に、 忽ち戰場の光景が現れました。〔それから、〕アレキサンダー大王は〔、〕〔私たちの〕室へ呼ばれて〔やつて〕來ました。彼のしかし、彼の〔はなす〕ギリシヤ語は私には〔どうも〕よく通じませんでした。

 次には、ハンニバルの〔が〕アルプス山を越すところを見せてもらひました。

 その次には、シーザーとポンペイが、それぞれ陣地に立つて、戰爭をはじめようとしてゐるところを見ました。その戰爭はシーザーが大勝利をするところも〔〕見ました。

[やぶちゃん注:ここに上部欄外に「章」とあって一行挿入記号が振られてあるが、現行版では行空けも章の柱もない。]

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