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2017/12/25

原民喜作品集「焰」(恣意的正字化版) 焚いてしまふ

 

 焚いてしまふ

 

 紀元節に學校の式を休んで、翌日もまた學校を休んだ。すると、その晩から熱が出て、風邪の氣味になつた。私は二階の一室に一人で早くから蒲團を被つて寢た。ふと、目が覺めると疊の上に白紙のやうなものが落ちてゐる。それは雨戸の節穴から月の光が洩れて來てゐるのであつた。私はわざと腕を伸してその光を掬つてみた。それから窓を開けた。もう夜明けらしく、月は西の空に冴えて居て、ひえびえとした大氣が、屋根の霜とともに肌に迫つて來た。私は寢衣の襟をひらいて、胸一杯さらけ出した。もつと病氣が重くなれと云ふやうな自棄氣味が、ふと月の光によつてそそられたのである。

 その日は晝前から熱が出て、それに咳なども加はつた。私は階下で食事を了へるとすぐ二階の一室に轉げて暮した。四時頃になると、西日がガラス戸一杯に差込んで、三疊の部屋は溫室のやうに暖かになつた。私は日の光に曝された蒲團の上で、本などを讀んだ。

 次の朝も早くから目が覺めた。すると、昨日と同じく疊の上に月の光が洩れて來た。額に手を置くと、熱く火照つて居る。私は始めて、自分の病態の進んだのを後悔した。と云ふよりは妙にもの侘しく切ない氣持がした。そろそろ窓を開けると、やはり西の空に月は皎々と照つて居る。何故、冬の月は朝になつてもあんなに燿(ひか)るのだらう。私は寢衣一枚で窓側に立つて戰へて居た。

 

 一週間程して私の熱は下つた。私は階下の炬燵にあたつて暮した。母はもう明日からは學校へ行つてはどうだと云つた。私も幾分そんな氣になつて居た。もう休みたいだけは休んだのだと思つた。

 

 だが、次の日も意氣地なく休んでしまつた。私は譯のわからぬ憂鬱を感じた。庭に出て薪を割つてみたが、氣は紛れなかつた。私は二階に閉籠つて、日記帳を取上げた。

「こいつを焚いてしまはう。」

「こんなものがあるからいけないのだ。」と私は呟いた。

 私は日記帳を提げて風呂竈のところへ來た。風呂の火に投げ込むと、日記帳は見るまに脹れて來た。やがて頁(ペイジ)頁がくるくる焦げて卷かれて、心(しん)に火が徹つて行つた。私のこの正月以來の日記が焚かれてゐる、詳しく書いた頁が燃えて居る。ふと私は妙な氣になつた。

(×月×日、夜姉を停車場に送り、歸つて床に寢轉んで、ゴオゴリの「死せる魂」を讀み耽つた。) この一節がふと思ひ出されたのである。別に意味もない部分ではあるが、あそこももう煙になつたかなと想はれた。――中學三年の三學期のことである。

 

[やぶちゃん注:この叙述が事実とすれば、大正一〇(一九二一)年二月(神武天皇の即位日とされた「紀元節」は二月十一日)中下旬である。原民喜は県立広島師範学校付属中学校三年で満十五歳(彼の誕生日は明治三八(一九〇五)年十一月十五日。一度、入試に失敗しているので、年齢がずれる)。]

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