夢野久作 日記内詩歌集成(Ⅸ) 昭和五(一九三〇)年九月~十二月 / 昭和五年~了
九月三日 水曜
◇われとわが頭の隅にたたずみて
おろかなる心をはるかに見下す
九月二十六日 金曜
◇考えるたびに自働車屁をたれる
[やぶちゃん注:「考える」はママ。]
十月二十二日 水曜
ストーブの火を見て居れば
昔のことを思ひ出す
私の昔の祕めごとを
知つてゐるのか火の色も
黃色く赤くほのぼのと
うれしなつかしやるせなや
ストーブの火は消え果てゝ
はかなく白い灰ばかり
くづれ殘れどくら暗に
[やぶちゃん注:珍しい流行歌風詩篇であるが、どうも翌日の日記は頭の三行は続きらしい。]
十月二十三日 木曜
なほもありあり燃え殘る
胸のおのほをなんとせう
ひとりみつむるわが心
◇うつくしき衣かゝれりなつかしき
衣かゝれり小春の椽
◇遠里に打つとしもなく打つきぬた
きくとしもなく身にしみてきく
[やぶちゃん注:「ありあり」の後半は底本では踊り字「〱」。前日の注で述べた通り、頭の三行は、前日の詩篇から続いていると読むべきである。煩を厭わず、繋げて示しておくと、
ストーブの火を見て居れば
昔のことを思ひ出す
私の昔の祕めごとを
知つてゐるのか火の色も
黃色く赤くほのぼのと
うれしなつかしやるせなや
ストーブの火は消え果てゝ
はかなく白い灰ばかり
くづれ殘れどくら暗に
なほもありあり燃え殘る
胸のおのほをなんとせう
ひとりみつむるわが心
と、実にしっくりくるのである。また、後の十一月十九日と二十日の条にも酷似した詩篇が現れる。]
十月二十四日 金曜
◇とうとうと役場の太鼓鳴り出でぬ
又鳴り出でぬ秋のまひる日
◇まひるなから夢の心地になりてきく
とうとうと鳴る役場の太鼓
[やぶちゃん注:二箇所の「とうとう」の後半は底本では踊り字「〱」。「まひるなから」は「まひるながら」の意であろう。]
十月二十五日 土曜
赤き旗靑き旗ふる踏切の
ゆき來の心春めきにけり
踏切番のま白き旗もいつしかに
よごれ老いつゝうなだれにけり
十月二十六日 日曜
カレンダーを赤い心臟に貼りつけた
納税デーのすごいポスター
マントルピースに紙のラッパが遠方の
人とおんなじ歌をしたふも
十月二十七日 月曜
遠き山々近き山々ヒツソリと
物云ひかはす秋のまひる日
十一月十二日 水曜
◇海を吹き山を吹き野を吹き越えて
わが家の庭の消えてゆく風
◇ひそやかに母艦は港にかへり來ぬ
しみじみ白き秋のまひる日
十一月十八日 火曜
◇都合よき返事のみして世を送る
四十男のなめらかな頭
[やぶちゃん注:夢野久作は明治二二(一八八九)年一月四日生まれであるから、この昭和五(一九三〇)年十一月当時、満四十一歳ではある。但し、本歌が自身を揶揄したものであるかどうかは不明である。]
十一月十九日 水曜
ストーブのほのほみつめて
思ひ入る その思ひごと
もえさかる ほのほの色の
わが祕めし 思ひ知るかも
黃に靑に ほのぼのとして
やるせなや 又なつかしや
[やぶちゃん注:前の十月十二日及び十三日頭に記された詩篇の再稿。]
十一月二十日 木曜
ストーブのほのほに思ふ
ありし日の 夢のひとゝき
黃に靑に もゆるたのしさ
火はいつか 灰となれども
消えのこる 胸のほのほよ
かきいだく われとわが胸
十一月二十一日 金曜
博多小女郎の波まくら
寄する思ひに濡れぬる
袖の港はどこかいな
あゆむ細腰柳腰
にくい博多の帶しめて
キユーと泣くのはどこかいな
三すぢの川の末かけて
ちぎる絞りの意氣姿
ツンとするのはだれかいな
[やぶちゃん注:流行の小唄のようでもあり、「正調博多節」の「博多小女郎浪枕入り」(藤田正人作詩)及び東海林太郎の「博多小女郎波枕」も聴いてみたが、違う。享保三(一七一八)年大坂竹本座初演の近松門左衛門作「博多小女郎波枕」という世話物があるが、私は知らないので、この台詞があるかどうかも判らぬので、取り敢えず、夢野久作がそれらを受けて自作したものとして、ここに採用しておくこととする。何方か、これが別人のてになるものであることを御存じの方は、お教え願いたう。さすれば、この条はカットする。]
十一月二十二日 土曜
◇うつゝなきうつゝなりけり夢の世の
夢より出でゝ夢に入る身は
◇心なき風にも心ありげなり
この山蔭の薄吹く風
◇今のわが心を探る心かも
色々の歌かきつけてみる
十二月五日 月曜
◇忽ちに海を埋むる器械の力
ヂツトみつむる秋の夕暮れ
十二月十六日 火曜
◇秋になるとなぜに木の葉が赤くなると
子供に問はれて答へ得ぬ心
◇巨大なる紳士が一人乘り込みぬ
秋の雨ふる名嶋驛より
◇ズブ濡れの巨大な紳士が步みゆく
濡れた顏もせぬ巨大なその心
[やぶちゃん注:「名嶋驛」現在の福岡県福岡市東区名島(なじま)にある西日本鉄道貝塚線の名島駅の前身であろうが、大正一三(一九二四)年(年)五月に博多湾鉄道汽船の駅として開業された後、二〇〇四年に駅は移設新築されているので、この附近(グーグル・マップ・データ)としておく。]
十二月十七日 水曜
◇その昔海原なりし筑紫野を
今さながらに秋風吹きわたる
◇風の音身にしめてきくその昔
海原なりし筑紫野の秋
[やぶちゃん注:「身にしめて」はママ。]
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