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2017/12/13

夢野久作 日記内詩歌集成(Ⅸ) 昭和五(一九三〇)年九月~十二月 / 昭和五年~了

 

 九月三日 水曜 

 

◇われとわが頭の隅にたたずみて

  おろかなる心をはるかに見下す

 

 

 九月二十六日 金曜 

 

◇考えるたびに自働車屁をたれる

 

[やぶちゃん注:「考える」はママ。]

 

 

 

 十月二十二日 水曜 

 

ストーブの火を見て居れば

昔のことを思ひ出す

私の昔の祕めごとを

知つてゐるのか火の色も

黃色く赤くほのぼのと

うれしなつかしやるせなや

ストーブの火は消え果てゝ

はかなく白い灰ばかり

くづれ殘れどくら暗に

 

[やぶちゃん注:珍しい流行歌風詩篇であるが、どうも翌日の日記は頭の三行は続きらしい。]

 

 

 

 十月二十三日 木曜 

 

なほもありあり燃え殘る

胸のおのほをなんとせう

ひとりみつむるわが心

 

◇うつくしき衣かゝれりなつかしき

  衣かゝれり小春の椽

◇遠里に打つとしもなく打つきぬた

  きくとしもなく身にしみてきく

 

[やぶちゃん注:「ありあり」の後半は底本では踊り字「〱」。前日の注で述べた通り、頭の三行は、前日の詩篇から続いていると読むべきである。煩を厭わず、繋げて示しておくと、

 

ストーブの火を見て居れば

昔のことを思ひ出す

私の昔の祕めごとを

知つてゐるのか火の色も

黃色く赤くほのぼのと

うれしなつかしやるせなや

ストーブの火は消え果てゝ

はかなく白い灰ばかり

くづれ殘れどくら暗に

なほもありあり燃え殘る

胸のおのほをなんとせう

ひとりみつむるわが心

 

と、実にしっくりくるのである。また、後の十一月十九日と二十日の条にも酷似した詩篇が現れる。]

 

 

 

 十月二十四日 金曜 

 

◇とうとうと役場の太鼓鳴り出でぬ

  又鳴り出でぬ秋のまひる日

◇まひるなから夢の心地になりてきく

  とうとうと鳴る役場の太鼓

 

[やぶちゃん注:二箇所の「とうとう」の後半は底本では踊り字「〱」。「まひるなから」は「まひるながら」の意であろう。]

 

 

 

 十月二十五日 土曜 

 

赤き旗靑き旗ふる踏切の

 ゆき來の心春めきにけり

 

踏切番のま白き旗もいつしかに

 よごれ老いつゝうなだれにけり

 

 

 

 十月二十六日 日曜 

 

カレンダーを赤い心臟に貼りつけた

 納税デーのすごいポスター

マントルピースに紙のラッパが遠方の

 人とおんなじ歌をしたふも

 

 

 

 十月二十七日 月曜 

 

遠き山々近き山々ヒツソリと

 物云ひかはす秋のまひる日

 

 

 

 十一月十二日 水曜 

 

◇海を吹き山を吹き野を吹き越えて

  わが家の庭の消えてゆく風

◇ひそやかに母艦は港にかへり來ぬ

  しみじみ白き秋のまひる日

 

 

 

 十一月十八日 火曜 

 

◇都合よき返事のみして世を送る

  四十男のなめらかな頭

 

[やぶちゃん注:夢野久作は明治二二(一八八九)年一月四日生まれであるから、この昭和五(一九三〇)年十一月当時、満四十一歳ではある。但し、本歌が自身を揶揄したものであるかどうかは不明である。]

 

 

 

 十一月十九日 水曜 

 

ストーブのほのほみつめて

思ひ入る その思ひごと

もえさかる ほのほの色の

わが祕めし 思ひ知るかも

黃に靑に ほのぼのとして

やるせなや 又なつかしや

 

[やぶちゃん注:前の十月十二日及び十三日頭に記された詩篇の再稿。]

 

 

 

 十一月二十日 木曜 

 

ストーブのほのほに思ふ

ありし日の 夢のひとゝき

黃に靑に もゆるたのしさ

火はいつか 灰となれども

消えのこる 胸のほのほよ

かきいだく われとわが胸

 

 

 

 

 十一月二十一日 金曜 

 

博多小女郎の波まくら

寄する思ひに濡れぬる

袖の港はどこかいな

あゆむ細腰柳腰

にくい博多の帶しめて

キユーと泣くのはどこかいな

三すぢの川の末かけて

ちぎる絞りの意氣姿

ツンとするのはだれかいな

 

[やぶちゃん注:流行の小唄のようでもあり、「正調博多節」の「博多小女郎浪枕入り」(藤田正人作詩)及び東海林太郎の「博多小女郎波枕」も聴いてみたが、違う。享保三(一七一八)年大坂竹本座初演の近松門左衛門作「博多小女郎波枕」という世話物があるが、私は知らないので、この台詞があるかどうかも判らぬので、取り敢えず、夢野久作がそれらを受けて自作したものとして、ここに採用しておくこととする。何方か、これが別人のてになるものであることを御存じの方は、お教え願いたう。さすれば、この条はカットする。]

 

 

 

 十一月二十二日 土曜 

 

◇うつゝなきうつゝなりけり夢の世の

  夢より出でゝ夢に入る身は

◇心なき風にも心ありげなり

  この山蔭の薄吹く風

◇今のわが心を探る心かも

  色々の歌かきつけてみる

 

 

 

 

 十二月五日 月曜 

 

◇忽ちに海を埋むる器械の力

  ヂツトみつむる秋の夕暮れ

 

 

 

 十二月十六日 火曜 

 

◇秋になるとなぜに木の葉が赤くなると

  子供に問はれて答へ得ぬ心

◇巨大なる紳士が一人乘り込みぬ

  秋の雨ふる名嶋驛より

◇ズブ濡れの巨大な紳士が步みゆく

  濡れた顏もせぬ巨大なその心

 

[やぶちゃん注:「名嶋驛」現在の福岡県福岡市東区名島(なじま)にある西日本鉄道貝塚線の名島駅の前身であろうが、大正一三(一九二四)年(年)五月に博多湾鉄道汽船の駅として開業された後、二〇〇四年に駅は移設新築されているので、附近(グーグル・マップ・データ)としておく。]

 

 

 

 十二月十七日 水曜 

 

◇その昔海原なりし筑紫野を

  今さながらに秋風吹きわたる

◇風の音身にしめてきくその昔

  海原なりし筑紫野の秋

 

[やぶちゃん注:「身にしめて」はママ。]

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