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2017/12/26

原民喜作品集「焰」(恣意的正字化版) 眞夏日の散步

 

 眞夏日の散步

 

 その男は顏が假面のやうになつてしまつて、毀れものを運ぶやうにおづおづと身體を動かしてゐた。八月の熱と光が街を包んで到る處の空間が輕い腦貧血を呈してゐた。

 鋏の柄に着いてゐる米粒ほどの透明な石を、明るい光線にあてて眺めると、石の底に雪の峰や曠野が浮んで來る、恐らく鋏の微かな錆の斑點が、そんな錯覺を齎すのかも知れないが、その空間の小さな夢は、視るものの膚を冷(ひや)りとさせ、やがてさう云ふ運命が何時かは君の身の上にも實現するぞと脅しつけるのだつた。――今、その男は鋏の柄の小さな石になつたやうだつた。その底に錆びついた斑點が纔かに殘されてゐる、それが記憶の斑點だとは彼は考へる力もない。そして彼は見えない一つの糸に牽かれて、死にかかつた身體を無理にひきずつて步いてゐた。

 その男の顏を玄關に迎へた私は愕いた。しかも、その男は私を誘つて散步しようと云ふのであつた。午後三時の衢の一部分を二人はのろのろと步いた。私が少しでも早く步くと、その男は不機嫌な顏をした。のろのろと二人は葬式のやうに步いて、それが夜ならば適度の落着きと或る氣分を與へる商店街へ來た。今や私には何のためにこんな時刻にこんな場所へ來たのか解らなくなつた。が、もはやその男の機嫌を損じまいと努めるばかりであつた。その男は何か云ひ度いこと、訴へたいことを持つた儘、重く口を噤んでゐた。やがて二人が喫茶店に落着いて、私が煙草を取出すと、その男は、「一本くれ給へ。」と云つて掌を差出した。そして、たつた一本の煙草をさも重たげに指に挾むと、非常な努力を以て、それを吸はうとするのだつた。

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