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2017/12/09

ジョナサン・スイフト原作 原民喜譯 「ガリヴァー旅行記」(やぶちゃん自筆原稿復元版) フウイヌム ヤーフ君お大事にね (1)

 

    ヤーフ君お大事にね

 

[やぶちゃん注:現行版の柱は『四、ヤーフ君、お大事に』であり、現行版は本章を以って]

 

 私はこの國に〔、〕いつまでも住んでゐたい〔、〕と思ふやうになりました。ところが、どうしても、この國を〔立〕去らねばならぬこと になつたのです。〔がもちあがりました。〕

 この國では、四年毎に、全國から代表者が集つて〔、〕會議を開くのです。この會議は野原で、五六日つづけられます。私の主人も〔、〕〔こんど、そ〕の會議に〔、代表者として、〕出て行つたのです。

 ところ〔で〕、今度の會議で問題になつたのは、ヤーフをこの地上に生かせておいて〔、〕いいか惡いか〔、〕といふこと〔問題〕でした。

 一人の議員は次のやうに演舌しました。

[やぶちゃん注:「演舌」はママ。後の方で自分で訂正している。]

 〔「〕およそ、世の中にヤーフほど、不潔で、いやらしいものはない。彼等はこつそり、牛の乳を吸ふやら、猫を殺して食べるやら、畑をあらすやら、ろくなことはしない。

 このヤーフといふものは、もとからこの國にゐたものではない。傳説によると、ある時、突然、山の上に二匹のヤーフが現れたといふ。〔これは〕太陽の熱で腐つた泥の中から生れたものか、どうかよくわからないが、一度生れて來ると、子供がずんずん殖えて、たちまち全國にひろがつてしまつた。

 そこでフウイヌムたちは〔、〕大山狩をして、ヤーフたちをとりかこみ、年とつたものを殺してしまひ、若いのだけ、フウイヌム一人について二匹づつ、小屋を作つて飼ふことにした。そこで、あばれものの動物も、少しは馴らされ、とにかく物をひかせたり、運ばせたりするくらゐの役にはたつやうになつた。

 しかし、住民たちは、ヤーフを使つてゐるうちに、ついうつかり驢馬を増やすことを忘れてしまつた。驢馬はヤーフにくらべて、すばしこくはないが、そのかはり形もいいし、をとなしくて、くさくもない。われわれは、あのいやらしいヤーフはみなは〕殺して、そのかはりに驢馬を使つた方がいいとおもふ。」

 これには贊成したものも〔大分〕ありましたが、私の主人は反対のかんがへ〔意見〕をのべました。

 「二匹のヤーフが山に現れたといふ傳説はこんな風に考へられる。あれは、たしかに海を越えて、むかふからやつて來たもので、のらしい。ので、〕〔二匹は〕上陸すると、そのまま山〔の中〕へ逃げ込んだものらしい。それから時のたつとともに、だんだん野蠻になつて、〔とうとう〕あんな風な動物になつてしまつたのだとおもはれる。その證據には〔、〕私は驚くべきヤーフを一匹持つてゐる。」

[やぶちゃん注:抹消字の「向」は自身がない。「何」のようにも見える。「向うの山」或いは「何故か」が想定はされる。なお、現行版は最後の「驚くべき」は『不思議な』となっている。]

 こういつて、主人は、私を見つけた時の〔こ〕とから、洋服を着てゐること、この國の言葉をおぼえてしまつたこと、この國へくるまでのことを自分ではなしてきかせたことなど、いろいろと説明しました。

 「こんな風な、〔おとなしい〕ヤーフもゐるのだから、ヤーフをみな殺しにするのは〔、〕かはいさうだ。それより、ヤーフ〔の〕子供をふやさないやうにして、驢馬の子をうんとふやすやうにしたらいいとおもふ。」

 と私の主人はこう演〔説〕したのでした。

 私はこの會議のことを主人から聞かされて、何だか心配になりました。ヤーフをどうすることに決まつたのか主人主人それはまだ私それはまだハツキリしてゐませんがはまだ話してくれませんでした。主人は何も語りませんでした。それはまだ〔はつきり〕きかせてもらへなかつたのです。〕

 ある朝、主人から迎への使が來ました。行つてみると、主人は、どうも話しにくさうに困つてゐる、〔云何から話し出したらいいのか、困つてゐる樣子でした。が、やつと口をひらいて云ひました。〕

 それによると、今度の会議で、ヤーフのことが問題にされた際に、主人に苦情が出たのです。〕私はこの國から出て行つてほしいといふことに決まつたのです。

 主人が私を〔ヤーフを〕家に置いて、フウイヌム並みに扱つてゐるとは実にけしからん〔、〕と主人は代表者たちから苦情を云はれました。普通のヤーフのやうに働かすか、それとも、泳いで國へ帰らすか、どちらかにせよ〔、〕と云はれるのです。だが、〔私を〕普通のヤーフの仲間に入れたら、ヤーフたちをそそのかして、夜になると家畜を襲つたり、どんな危險なことをやりだすかわからない、といふので、やはり泳いで國へ帰らせた方がいいと決まりました。主人は私に同情して、かう云つてくれました

 「私はむろん一生でも喜んでお前を〔ここに〕置いてやりたかつたのだが、どうも仕方がない。〔泳いで帰るといつても〕まさかお前〔の囗〕まで泳げもすまい。だから、いつかお前の話した、海を渡る容れものを一つ作つてみてはどうか。〔それなら〕私の召使や近所の召使にも手傳はせてやる。」

 私は主人にかう言ひ渡されると、悲しくなつて、氣を失彼の足許にふらふらと倒れました。主人は私が死んでしまつたのかと思つたほどでした。しかし、とにかく氣をとりなほして、船をつくることにきめました。

 主人は船ができるまで、二ケ月待つてくれる〔もらふ〕ことになりました。そして、〔私は〕召使の月毛を助手に貸してもらひました。

 私は月毛をつれて、あの〔海賊どもが〕私を無理矢理に上陸さされ〔せ〕た海岸の方へ行つてみました。丘にのぼつて、ずつと四方を見渡すと、東北の方向に島影のやうなものが見えてゐます。〔望〕遠鏡を出して覗いてみると、たしかに島で〔す〕。距離は五リーグぐらゐです。〔しかし〕月毛の召使には、あれはただ靑い煙だら

うといふのです。彼は自分の國より他の國かあるとは〔夢にも〕考へてゐないので、海の向にあるものがわからなかつたのです。

[やぶちゃん注:「五リーグ」既出既注であるが、再掲する。ヤード・ポンド法の単位であるが、時代によって一定しないものの、凡そ、一リーグ(league)は三・八~七・四キロメートルの範囲内にある。本書公刊よりもずっと後、イギリスで十九世紀頃に定められた現在の「一リーグ」は「三マイル」で「約四・八二八キロメートル」である。但し、海上では「一リーグ」を「三海里(nautical mile:ノーティカル・マイル:現在の国際海里では一八五二メートルに規定)」として使うこともあるので、前者ならば二十四キロメートルほど、後者の海里換算なら九キロメートル強となるが、後者だったら望遠鏡を用いて確認するまでもないし、あまりに近過ぎる気がするから、これを以って本書では総て「一リーグ」=「三マイル」=「約四・八二八キロメートル」換算でよいと断定したいと思う。]

 とにかく、この島が見つかつた以上はもう大丈夫だ〔後は運を天にまかせて、あの島まで流れてかう〕と私は思ひ〔きめ〕しました。

[やぶちゃん注:「流れてかう」はママ。現行版は『流れて行こう』。]

 それから家に帰ると、月毛と相談して、〔こんどは〕森へ出かけて行きました。私は小刀で、彼はフウイヌムの斧を使つて、檞(かひ)の枝を幾本も切り落しました。ステツキぐらゐの太さのものや、もう少し太いのもありましたが、それを私はいろいろに細工しました。

[やぶちゃん注:「檞(かひ)」の「かひ」は特異点のルビである。これはどう見ても、ここまで見て来た原民喜の字の癖からは「ひ」であって、他の字、例えば「し」(「かしは」の「は」の脱落。しかし後述するが「カシワ」と「カシ」同属ではあるものの、別な種(群)を指すものであり、「カシワ」のことを「カシ」とは絶対に言わないでも、「い」(「檞」の音「カイ」。事実、この漢字は中国にもある漢字ではあり、音は「カイ・ケ」ではある。但し、この字は国字で「カシワ」と訓ずるのは「槲」の字に似ていることからの誤用であり、しかも歴史的仮名遣に直してもこれは同じ「カイ」であって「カヒ」ではないのである)でもない。現行版は『槲(かしわ)』である。決定稿に従い、「かしは」で読んでおく(歴史的仮名遣に従う)。則ち、ブナ目ブナ科コナラ属コナラ亜属 Mesobalanus 節カシワ Quercus dentata である。同種はすでに述べた通り、「槲」は誤用で、「柏」或いは「槲」と書くのが正しい。一方、「カシ」は「樫・橿・櫧」などと漢字表記するが、これはブナ目ブナ科コナラ属 Quercus の中でも常緑高木の一群の総称である。狭義にはコナラ属中の常緑性の種をカシと呼ぶが、同じブナ科コナラ属で名前も似ているものの、「カシ」は常緑性、「カシワ」は落葉性なので両者は全く違う木なのである。但し、原文を見ると単に“oak”とあり、これはブナ科コナラ属の総称であるから、正直、仮想国の樹木である以上、これを「カシ」(英語:Live oak)か「カシワ」(英語:Daimyo Oak)かと、強いて拘る必要はない気もする。しかも「カシ」も「カシワ」も孰れも船舶材に適しているからである。]

 一番骨の折れるところは月毛が手傳つてくれて、六週間もすると、インド人の使うやうな独木舟が一隻出來上りました。

[やぶちゃん注:「独木舟」当て読みで「まるきぶね」と読む。「丸木舟」のこと。現行版では『独木舟(カヌー)』とルビする。今の子供たちには最早「カヌー」の方が躓(つまず)かぬ。]

 船はヤーフの皮で張つて、手製の麻糸で縫ひ合はせました。帆もやはりヤーフの皮で作りました。これは年をとつたのでは皮が硬いので、仔ヤーフの皮を使いました。櫂も四本こしらへました。皮兎と鳥の蒸肉、それに牛乳、水を入れた壷を二つ、それだけを船に積込んでおきました。

 〔私はこの〕船を家の近くの大きな池〔に〕ためし〔に浮べ〕てみて、悪いところを直し、隙間にはヤーフのあぶらをつめました。いよいよ、これで大丈夫だつたので、〔になりました。そこで、〕今度は〔船を〕車に積んで〔み〕、ヤーフたちに引かせて、靜かに海岸まで運びました〔んだのです〕。

 準備ができあがつて、出發の日がやつて來ました。私は主人夫妻と家族に別れを告げました。眼は淚で一杯になり、心は悲しみでかきむしられるばかりでした。だが、主人は、私が船に乘るところが見たい、と云つて、近所の人人を誘つて一緒にやつて來ました。潮合を私は潮合を一時間ばかり待つてゐました。風工合もよくなつたので、私は〔いよいよ〕向の島へ渡らうと思ひ〔、〕ました。〔そこで〕私は改めてまた主人に別れを告げました。私がひれふして、彼の蹄に接吻しようとすると、彼は靜かにそれを私の口もとまで上げてくれました。ほかのフウイヌムたちにも、ていねいに挨拶して、舟に乘りこむと、〔私は〕いよいよ岸を離れたのです。ました。

[やぶちゃん注:最後はママ。現行版では『離れたのです。』である。この後に原稿では「十一章」を挿入する校正記号が入る。現行版はそのまま、改行して続いている。]

 

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