女の顏 原民喜
[やぶちゃん注:初出未詳。芳賀書店版全集第二巻(昭和四〇(一九六五)年八月刊)に初めて収録された。
底本は一九七八年青土社刊原民喜全集「Ⅱ」の「エッセイ集」に拠った。現代仮名遣(但し、拗音表記がないので、歴史的仮名遣を無理に変えた可能性が否定は出来ない)であるから、漢字の正字化は行わず、そのままに電子化した。本篇は現在、ネット上には電子化されていないものと思う。
私は、民喜がこの中で見たと言っている映画の題名を記して呉れなかったことを少し、残念に思う。【2017年12月22日 藪野直史】]
女の顔
ぼくがこの地上で最後の息をひきとるとき、恐らく一人の幻が浮んで来て、それが静かに無限の彼方へぼくを抱きとつてくれるだろう。これはぼくの夢なのだが……。死際に浮んでくる一つのイメージこそ、その人間にとつて最も絶対なのではあるまいか。
子供の時からぼくは女の顔によつて、いろんなことを教わつたようだ。わけても、ものに怯える女の顔つき、ものに憧れる女の顔つき、この二つの原型は幼いぼくの心に早くから灼きつけられてしまつた。それにしても、ものに怯える女の顔つきは、どうしてあんなに切実にぼくに感染したのだろう。恐らく、死んだ母も姉も、そのまた祖先の母たちも姉たちも、みんな、みんな生命の危機の上を通り越して来たためなのだろうか。毅然として、ものに耐えてゆく女の顔つきを知つたのはぼくが大分成長してから後のことだつた。
ある日ぼくは、毅然として悲しみに耐えてゆく美しい美しい女の映画を見た。するとぼくは映画館を出て道を歩きながらも、暫くは自分が、その女性になつたような感じで、カメラがこちらを追つてくるような気がした。
どうかすると、女は絶えずカメラに照らされて生きているのではあるまいか。世間という小さな狭いカメラから宇宙という無限大のカメラにまで……。だから、女の顔つきは作意も多いがナゾもまた深いようだ。
ぼくは広島で原子爆弾に遭つてからは、もう人間の顔をその生存どおりには信じ難くなつた。一瞬の光線でふくれ上つた女たちの顔は悲惨というものの極限であつた。今ではこの傾向もかなり薄らいで来たが、遭難後一年あまりは、どんな女の顔を見てもすぐに奇怪な姿が描かれてならなかつた。
だが、人生には、どんな悲惨な出来事も忘れさせてくれる顔があるようだ。それがどのような顔なのか、はつきり名指すことはできない。が、何の言葉もかわさず、一瞬のゆきずりに見た顔でも、時にぼくを慰めてくれるものがあるようだ。
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