ジョナサン・スイフト原作 原民喜譯 「ガリヴァー旅行記」(やぶちゃん自筆原稿復元版) 飛ぶ島(ラピュタ)(10) 「死なない人間」(1)
□ 死なない人間
[やぶちゃん注:原稿画像は上罫外の上部が若干切れており、標題の文字の下の部分のごくごく一部だけが見えているだけである。但し「死なない人間」(現行版のここは「四、死なゝい人間」である。しかし民喜は踊り字を好まないから「ゝ」の可能性は私は極めて低いと思うのでかくした)と推察出来る文字のように確かに見受けられる。柱或いは章番号は全く分らない。通し原稿自体の章番号が振られてあったり、なかったりで、推測も出来ない。題名の附された前のそれは「七章」で「幽靈の島」であるが、「8」或いは「八」の片鱗どころか、アラビア数字なら「7」とか「9」のような最後の筋が見えるようにも思われる。□で示した。]
ある日のことでした。一人の紳士が〔私に突然〔ふと〕訊ねました。〕
「あなたはこの國のストラルドブラグといふものを見ましたか、〔たことがありますか→ましたか〕これは死なない人間の〔といふ→たちを〕ことですが」
と、 見たことはありますか」
私は〔「生憎〕まだ見たこと〔ことはありません。→ことはないのです。→てゐません。→てゐません〕がないと答へました。〔が、そそして、〕
「■〔しかし、〕死なない人間なんて、〔一たい〕どうして、そんな名前をつけるの〔です〕か、その譯を教へて下さい」
と私は訊ねました。すると、彼はこんなことを教へてくれました。
[やぶちゃん注:原稿はやや不全である。現行版は以下のように整序されている。
*
ある日のことでした。一人の紳士がふと私にこんなことを尋ねました。
「あなたはこの国のストラルドブラグというものを見ましたか。これは『死なゝい人間』という意味なのですが。」
「あいにくまだ見ていません。しかし、死なゝい人間なんて、一たい、どうして、そんな名前をつけるのですか。そのわけを教えてください。」
*]
その國には、〔それは〕ごく稀〔なこと〕ですが、〔この國には、〕前額や〔の〕左の眉毛のすぐ上に〔、〕赤い円い痣のつゐた子供が生れるのです。もし■〔■→これが→この痣があれば〔ると〕、〔この〕子供は
不死〔には〕いつまでたつても死なないのです。といふしるしなのです。
この痣は年とともに〔、〕大きくなり、色が變つてゆきます。十二才になると〔、〕綠色になり、二十五才になると〔、〕紺色に変り、それから〔、〕四十五才になると〔、〕眞黑になりますが、それからはもう變りません。こんな子供が生れるのは、非常に稀で、全國を探しても、男女あわせて千百人ぐらゐしかゐません。そして〔、〕そのうち、五十人ぐらゐが、この首府に住んでゐますが、そのなかには〔、〕三年前に生れた女の子も一人ゐます。この死なない人間が生れるのは〔全く、偶然で〕、血統から〔生れよる→のため〕ではなく、■〔いので〕す。だから、〔誰が〕ストラルドブラグを〔たとい→を〕親に持つてゐても、その子供は普通の子供なのです。
私は紳士からこの話をきいて、何ともいへないほどうれしかつたので〔、〕す思はづ〔かう〕口走りました。
[やぶちゃん注:「思はづ」はママ。]
「ああ、そんな人たちは〔、〕どんなに幸でせう。みんな人間は〔、〕死ぬことが恐ろしくて〔いか〕ら、いつも苦しんでゐるのに、その心配がない人なら〔、〕ほんとに幸なことでせう」
しかし一つ不思議に思つたのは、ストラルドブラグが宮廷に一人もゐな〔見あたらな〕かつたことです。額に痣があれば、〔私はそれを〕見落とすはずはない
し のです。とにかく、私は一つ〔、〕ストラルドブラグたちに會つて話してみたいと思ひました。そこで〔そこで〕私は紳士に引〔を通譯に〕賴んで〔一度〕彼等と引合はせてもらひました。
〔まづ〕紳士は〔、〕私がストラルドブラグを大へん羨ましく思つ〔がつて〕ゐることを〔、〕彼等に説明〔話〕しました。すると彼等〔スト【ラルドブラグたち】〕は〔、〕しばらく自分たちの言葉でガヤガヤ話しあつてゐました。それから〔彼等の〕〔通譯の〕紳士は〔かう私に〕云ひました。
[やぶちゃん注:「〔スト【ラルドブラグたち】〕」現行には「スト」しかなく、これではあまりにひどいので、特異的に現行版で補正した。]
「もし、假りにあなたがストラルドブラグに生れて來たら、どんなふうにして暮すつもりか、それを、彼等〔あの人たちは〕聞かせてくれと云つてゐます」
そこで、私は喜んで次のやうに答へました。
「もし私が運よく〔幸に〕ストラルドブラグに生れたとすれば、私はまづ第一に大いに努力して金儲けをしようと思ひます。そして〔、〕節約をと整理をよくしてゆけば、二百年ぐらゐで〔、〕私は國内第一の金持になれます。
第二に、私は子供のときから勉強〔學問〕をはげみます。さうすれば〔やがて〕國中第一の學者になれます。それから最後に、私は社会の〔いろんな〕出來事を何でも詳しく書いておきます。風習や言語や流行や服裝や娯樂などが移り変るたびに、それ〔ら〕を、一つ一つ書きとめておきます。かうしておけば、私はやがて生字引になれ〔として皆から重宝がられ〕ます。
[やぶちゃん注:最後は抹消線がない。現行版は『こうしておけば、私はやがて活字引(いきじびき)として皆から重宝がられます。』である。]
六十をすぎたら、私は規則正しい安樂な生活をしたいと思ひます。そして、〔私の樂しみは〕有望な靑年を導くことを私の樂しみにします。私の記憶や經驗をから、いろんなことを■彼等に教へてやりたいと思ひます。
しかし〔、〕絶えず交はる友人には、やはり私と同じやうな〔、〕死なゝい仲間を〔十二人ほど〕選びます。それも年寄から同年輩〔そして、もし彼等のうちに生〕活に困つてゐるやうなものがあれば、私の所土地のまわりに便利な住居を作つてやります〔ます〕。それから〔私は〕食事の時〔の時〕には〔も→は〕彼等のうちから數人招きます。もつとも〔その時には〕普通の人間も、二三人あて〔づつ〕立派な人を招くことにします。なにしろ餘り長く生きてゐるうちにはと、普通の人間が、どんどん死んでゆくことなど、別に惜しくもなんともなくなるでせう。孫が出來れば、私はその孫を招いたりするでせう。〔かうなると〕丁度あの庭のチユーリツプが、毎年人の目を樂しませて、前の年に枯れた花を悲しまさないのと同じことです。
[やぶちゃん注:「なにしろ餘り長く生きてゐるうちにはと」はママ。「うち」の抹消し忘れ。現行版は『なにしろあまり長く生きていると』である。]
それから私は死なないのですから、まだまだ、いろんなものを見ることができます。昔、榮えた都が廢墟となつたり、名もない村落が都となつたり、大きな河が涸かれて小川となつてしまつたり、文
海岸文明囗民が野蠻人になつたり、昨日の野蠻人が、今の文明人になつてゐたり、と〔そ〕んなふうな移りかはりを見ることができるのです。それに〔して〕、まだ人間〔類→間〕の知識では解けない、いろんな問題も〔私が生きてゐるうちには〕解ける日が來るでせう〔のを、〔それも〕見ることができるでせう。〕」
私がこんな〔風〕に答へると、紳士は〔、〕私の言つたことを〔、〕ストラルドブラグたちに〔、〕通信譯してきかせました。すると、彼等はにわかにガヤガヤと話しはじめました。中〔な〕かには、失礼にも何か〔をかしさうに〕笑ひ出したものもゐました。〔暫くして〕通譯の紳士は私にかう云ひました。
「どうも、あなたはストラルドブラグといふものを、考へちがいしてをられます〔るや〕うだす。と、〔みんな〕彼等は〔さう〕云つてゐます。そのなにしろ、このストラルドブラグなるものは、この國にしかゐ〔な→ゐ〕ないもので、バルニバービにも日本にも見ることはできません。
〔前に〕私も使節として、バルニバービや日本へ行つたことがありますが、その國の人たちは、てんでそんなことがあるとは考へられないと云つてゐました。あなたも〔私は、バルニバービや日本の人たちと〔、〕いろいろ話し合つてみましたが、〔みて、〕長生といふことが〔、〕〔すべての〕人間の願〔願〕ひであることを發見しました。片足を墓穴に突込んだやうな人間でさへ、もう一方の足では出來るだけ入るまいとあがきます。たとへどんなに齢をとつてゐても、まだ一日でも長生きするつもりらしいのです。
ところが、このラグナグの國だけでは、絶えず眼の前にストラルドブラグの例を見せ〔つけ〕られてゐるためか、〔この國の人たちは〕あんまり〔やたらに〕長生を望まないのです。
それから、あなたは人間の〔若さとか〕健康とか〔元〕力とかいふものが、いつまでも〔いつまでも〕續くと、考〔と〕んでもない考へちがひをしていられますが、ストラルドブラグの〔一番〕つらいところは、年をとつて〔衰へな〕か〔が〕ら、いろんな不便を耐ながらへて、〔まだ〕生きつづけてゐるといふことなのです。」
[やぶちゃん注:「〔元〕力」はママ。現行版は『元気』。]
さう言つて、彼はこの國のストラルドブラグの模樣を次のやうに詳しく話してくれました。
彼等は三十歳頃までは普通の人間と同じことなのですが、それからあとは次第に元気が衰へてゆく一方で、さうして八十歳になります。この國では八十歳が普通、長〔壽〕命の極限〔の終り〕とされてゐますが、この八十歳になると、彼等は老人の〔愚〕痴と弱点をすつかり身につけてしまひます。おまけに決して死なないといふ見込〔み〕から〔、〕まだまだ澤山の欠点が増えてきます。頑固、欲張り、氣難かし屋、自惚れ、お喋舌になるばかりでなく、友人と親しむこともできなければ、自然の愛情といふやうなもの〔に〕も感じなくなります。
ただ、嫉妬と無理な慾望ばかりが強くなります。彼等は靑年と、それが愉快さうにしてゐるのを見ては〔、〕嫉妬します。それは彼等が〔、もう〕あんなに愉快にはなれないからです。それから彼等は、老人の〔が〕死んで葬式が出るのを見ると、〔やはり〕嫉妬します。他の人たちは〔安らかに〕休息の港に入るからです〔のに〕、自分たちは死ねないから〔のに、〕からです。
彼等は自分たちが靑年〔若か〕つた頃に見たことの外は〔、〕何一つ憶えてゐません。しかも、その憶えてゐる〔といふ〕ことも〔、〕ひどく出鱈目なのです。だから、ほんとのことを詳しく知らうとするには、彼等に聞くより、世間の言ひ傳へに從ふ方が、まだまし〔なの〕です。すつかり記憶がなくなつてしまつてゐるのは、まだ一番まし〔いい〕方です。〔す。〕これは他の連中のやうに〔な多くの〕欠点の〔も〕なくなつてゐるので、多少、人から憐んでもらへます。
[やぶちゃん注:削除を繫げた結果、最後のパートは文がおかしくなっている。現行版は、以下。
*
すっかり記憶がなくなってしまっているのは、まだいゝ方です。これはほかの連中とは違って、もう多くの欠点もなくなっているので、多少、人から憐んでもらえます。
*]
彼等は滿八十歳になると、この國の法律ではもう死んだものと同じやうに扱はれ、ます。財産はすぐ子供が相續することになつてゐます。そして國から、ごく僅かの手當が出され〔、〕困る者は國の費用で養はれることになつてゐます。
九十歳になると、齒と髮の毛が拔けてしまひます。この齢になると、もう何を食べても、味なんかわからないのですが、その癖ただ手当次第に、食べたくもないのに飮食し〔べ〕ます。しかし彼等はやはり病気にはかかるのです。罹る病気の方は殖えもしなければ減ることもありません。話一つしても、普通使ふありふれた物の名を〔まで〕忘れてゐます。人の名前など憶えてはゐません。どんな親しい友達や親類の人の〔とあつても〕顏がわからないのです。本を讀んでも、ぼんやり一つ頁を眺めてゐます。文章のはじめから終りまで讀んで意味を〔た〕とる力がなくなつてゐるのです。ですから、何もかも一向面白くはないのです。
[やぶちゃん注:「とる」はママ。もとは「意味をとる」(取る・採る)でよかったのであるが、「た」を加えて「たどる」(辿る)としたのを濁点追加を忘れたもの。現行版は正しく『たどる』となっている。]
それに、この國の言葉はたえず変つてゐます。だから甲の時代のストラルドブラグと乙の時代のストラルドブラグが出あつたのでは〔、〕少しも言葉が通じません。そのうへ、二百年もたてば、友人とあつても会話一つできない有樣ですから、彼等は〔自分の國に住みながら〕まるで外國人のやうに不便な生活をしてゐるのです。
私が紳士から聞いた話はだいたい、こんな風なものでした。その
その後私はいろいろの時代のストラルドブラグを度々、家に連れて來て會つてみました。中で一番若いのは、まだ二百歳になつたかならないぐらゐでした。彼等は、私が大旅行家で、全世界中を見て來た人間だと聞いても、別に珍しがりもせず何も〔の〕質問もしません。ただ、何か紀念品をくれと、手を差出しました。
ストラルドブラグはすべての人に〔みんなから厭〕がられ、憎まれてゐます。もし彼等〔ストラ【ルドブラグ】〕が〔この國に〕生れて來ると、これは悪い〔不吉〕なこととして、その誕生が詳しく書き殘されます。〔るこ〕とになつてゐます。だから、その記錄を見れば彼等の年齡はわかるわけですが、しかしこの記錄も一千年位前のものしか殘つてゐませんし、それに度度の戰爭のため失はれてしまつたものもあります。しかし普通、彼等の年齢を知るには、彼等がどんな王樣や偉人を憶えてゐるか聞いてみて、そして厂史を調べてみます。彼等の記憶してゐる王は、必ず彼等が八十歳になる前のものに違ひないのです。
[やぶちゃん注:「ストラ【ルドブラグ】」の【 】は前と同じで、私が補填したもの。なお、この段落後半は現行版では完全にカットされている。
*
ストラルドブラグは、みんなから厭がられています。もしストラルドブラグがこの国に生れて来ると、これは不吉なことゝして、その誕生がくわしく書き残されることになっています。だから、その記録を見れば、彼等の年齢はわかるわけですが、しかしこの記録も千年くらい前のものしか残っていません。
*
原稿の上部罫外にはこの辺りに大きく丸括弧が施され、『~シテモイヽ』と読み得る民喜の注記が記されている。幻のパートである。]
實際、彼等〔スト〕ラルドブラグほど不快(いや)なものを私は見たことがないのです。殊に女の方が男よりもつとひどいのでした。形がみにくいばかりでなく、その年齢に比例して、なんともいへない物凄さが現し〔ある〕のです。〔■■〕私は彼等が六人ばかり集つてゐるのを見て、年は百か二百ぐらゐしか異はないのに、誰が一番、年上か、〔この物凄〕すぐわかりました。
[やぶちゃん注:「不快(いや)」特異点のルビである。]
私はストラルドブラグのことを知つたために、〔やたらに〕長生したいといふ■〔慾〕烈しい慾望もすつかり醒めてしまひました。〔以前〕心に描いてゐた樂しい夢が〔今は〕恥かしくな■〔つ〕たのです。たとへどのやうな恐ろしい死でも、あのやうな〔に〕、いやらしい生よりは〔まだ〕ましだと思ふやうになりました。この〔んな〕ことを私が王に話したところ、王は大へん喜ば〔愉快れら→面白がら〕れました。そして、私をお揄(か)らかいになつて、
「一つストラルドブラグを二人ばかりイギリスへ連れて行つて、その方の■〔見せてやつてはどうか、〔さう〕するとイギリス人も死を怖れなくななるだらう」
と仰しやいます。だが、これは〔外囗に→實際は〕この囗の法律で、彼等を囗外に連れて行くことは〔嚴しく〕禁止されてゐるやうでした。
[やぶちゃん注:「愉快れら」ママ。何と訓じているか不明。「ゆかいがら(れ)」或いは「おもしろから(れ)」であろうか。後者で訓じたものの、子供向けではこれでは読めないと感じて、「面白がら(れ)」と直したものかも知れぬ。
「お揄(か)らかいになつて」特異点のルビである。]
ストラルドブラグのこの話は、諸君にもいくらか興味があるだらうと思ひます。といふのは、少し普通とは変つた話ですし〔、→すし〕、私のこれまで讀んだ〔どの〕旅行記には、〔も、〕〔まだ、〕こんな話〔れ〕は出てゐなかつたと思ひます。
このラグナグ國と日本國とのは、絶えず行き來してゐる〔の〕ですから、このストラルドブラグの話も、もしかすると〔、〕日本の人が本に書いてゐるかもしれません。しかし、なにしろ私が日本に立寄つたのは、ほんの短かい間でしたし、その上、〔私は〕日本語は〔を〕まるで私は話せなかつたので、そのことを訊ね〔たしかめ〕てみることも出來ませんでした。〔なかつたのです。〕
[やぶちゃん注:ここに行空け指示があるが、現行版では続いている。]
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